こころ・想い」カテゴリーアーカイブ

良い苦労 悪い苦労 男性の場合 女性の場合

新しい総理大臣がすでに決まったかのような流れですが、こういうのは古い自民党の体質そのもののような気がします。
いわゆる「勝ち馬に乗る」ということですね。

でも、これって結構世の中のあちこちで日常的に見られることで、特に珍しいことではありません。
もしかしたら人間の性なのかもしれません。
ただ、政治家になると権力がついてまわりますから、庶民のレベルとは大違いですが。

理念を全面に押し出すと、野党の新党問題のようにまとまるものもまとまらなくなります。
細かいところまで一致させようとした玉木さんは、今どちらの方向に進むのか有権者には見えてきません。

枝野さんも最初は細かいことを言っていましたが、最近は消費税も下げるようなことを口にして、だったら最初からそう言えよと思う人も多いことでしょう。

ま、政治家というのは風向き次第でコロコロ変わるものだと思った方がいいのかもしれません。
そういえば、昔「風見鶏」と言われた政治家がおりました。
派閥としては少人数なのに、結構長期政権でした。


 
 

【苦労話】
ところで、新しい総理大臣になりそうな人は、「苦労人」とか「たたき上げ」とか言うキーワードでテレビが情報を垂れ流しているそうですが、それって高齢者への心理作戦ですよね。

昔、田中角栄が登場したときも、同じように「貧しさ」とか「学歴がない」とか「地方出身」ということを強調して、有権者の支持が多く集まりました。
「今太閤」と言われて。

高齢者は苦労話がお好きなのかもしれません。
どこかに自分の苦労を重ねようとする心理があるのかもしれませんね。

でも、苦労をしたからすべて善人になるとは限りません。
苦労の過程で裏の味をしめる人もいるからです。


 
 

【男性の苦労】
でも、私は苦労には良い苦労と悪い苦労があると思っています。
長い目で見ると悪い苦労からでも学びはあるのですが、貴重な時間を有意義に使えなかったという意味では悪い苦労だと思っているのです。

男性の場合は色々な苦労をしながら人間性を高めて行けるでしょうが、みんながみんなそうではありません。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言われたのは昔のことです。
中には理不尽な苦労もあるので、そういうのはサッサと退散するに限ります。

ホリエモンなら絶対そんな世界に足を踏み入れないでしょう。
そんなの時間の無駄だと思っていますから。
そもそも苦労なんて、美徳でもなんでもないという考え方ですからね。


 
 

【女性の苦労】
一方女性の場合は、悪い苦労はしない方がいいですね。
美しさがなくなります。
さもしい行為や考え方が定着してしまうと、見苦しくなります。

さもしさというのは男性にもありますが、女性は特に目立ちますね。
そういう片鱗を感じると、見かけ上の美しさはいっぺんに飛んでしまいます。

だから私は、ぜひ心の美人になることをおすすめします。
楽しいと思えることをして、尊敬できる人との時間を多く持つようにすると、自然に人生が愉しくなります。

ですから、まずは尊敬できる身近な人を意識することからスタートしましょう。
そこには悪い苦労はありません。
すべてが学びになるからです。

え? 尊敬できる人がいない?
ご両親以外で探してみましょう。
もし本当にいなかったら、尊敬できる人がいる世界に飛び込みましょう。

 
 


(黒毛和牛の時雨煮重 料理:京料理人 中川善博 マクロビオティック京料理教室 むそう塾)

 
 

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三密を禁ずると人間関係が陰性になる

2005年8月15日からブログを書き始めて15年が経った。
授業のある日は更新が思うようにできないが、気持ちは毎日更新で15年間ブログを書いてきた。
ふと、過去ブログを5年ほど遡ったら、無鄰菴(むりんあん)のことが書いてあった。

「徳は孤ならず必ず隣あり」 無鄰菴で思ったマクロビオティックの陰陽 2015.9.2

 
 

人が集まることについて書いてあった。
しかし今は、三密を避けろと言われて、人が集まることが悪であるかのようになってしまった。
飲み会までオンラインだなんて・・・。
まさにこれが陰性な関わり方なのだ。

人は体温を感じながら安心する。
赤子が腕の中でスヤスヤ眠るように。
恋人に抱かれて安心するように。

そんな人間の本当の姿を、陰陽で考えながらブログを綴ってきた。

 
 

嬉しいことに、こんなブログでも読んでいてくださる人がいる。
昨日も「妹が読んでいます」と教えてくれた人がいる。

すごく嬉しい!
なんだろう、この嬉しさは。

ブログを始めた時思った。
コメントをいただくと、ポストにお手紙をもらった時と同じ気持ちになった。
文字に体温を感じるのだ。

 
 

あ、これと同じで、読んでくれていることに体温を感じるんだなと思った。

今はTwitterでのやり取りが多くなって、コメント欄は静かだけど、その向こうにそっと読んでくれる人の存在を感じながら、こうして文字を重ねている。

 
 


煮物椀 京都ホテルオークラ別邸 粟田山荘

 
 

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カテゴリー: 新型コロナウイルス, こころ・想い | 5件のコメント

そろそろ気づけよ その傲慢な生き方に

新型コロナウイルスは悪いことばかりじゃない

効果的な薬もワクチンもないからと騒ぐのではなく

ウイルスというものについて学ぶ機会になった

そして

免疫システムを深く理解できた者から安心が生まれる

 
 

こんなに免疫という言葉が飛び交ったことはなかったのでは?

ただなんとなく言葉だけ知っていたかもしれないが…

これからはその免疫力を下げないようにしよう

どうやって?

いや 難しいことではないよ

不自然なことをしないだけさ

身体が持っている力を最大限に発揮できるようにするだけさ

 
 

今まで人間はその傲慢さゆえに欲張りすぎたよね

その欲が本来の自然の姿を忘れてしまったのさ

だから

このへんでウイルスからのメッセージとして

そろそろ気づけよということになったんじゃないかな?

 
 

 
 

塾生さんが教室に赤ちゃんを連れて来てくれました。
今はお母さんにもらった免疫に守られていますが、これからは自分でどんどん免疫を強くしていきます。
その手助けをするのが大人の役目であり、マイナスにすることが子育てではありません。
大人も赤ちゃんに見習って、自然体で生きましょう!

 
 
カテゴリー: 新型コロナウイルス, からだ, こころ・想い | コメントする

「コロナ」から日常生活を取り戻す

テレビを観る時間があったら、この本を読んでみましょう。

「コロナ」から日常生活を取り戻すという特集が組まれていて、とても参考になります。
1ヵ月ほど前に買っておきながら、時間がなくて読めなかったのです。

私はいつも本を読む時、その問題に対する自分なりの結論を出しておいて、それの裏付けがないかなあと思いながら目を通します。
そういう視点で読むと、納得しながら安心できるので、迷いもなくなります。

今回の新型コロナウイルスは、指定感染症に指定されるのが割と早かったのですが、その時に「2類に指定されてしまうと厄介なんだが・・・」という意見がありました。
そして、そのとおり今厄介なことになっています。

経済との関係もありますが、新型コロナのことがだいぶ分かってきた今となっては、むしろ指定感染症を解除した方が、医療機関も私たちも日常を取り戻せると思っていましたが、そのことがこの本に書かれています。
「医療現場からの直言」として、決してテレビでは流せない本当の事情も書かれていて勉強になります。68P〜

 
 

次に、ソーシャルディスタンスついての記事が面白いです。46P〜
これも普通の人間の本能として「おかしいぞ」と思ってきたことですが、これを読んで納得です。
心理的ストレスの影響がすでに出ているし、肉体面でも影響が出ている人が増えているそうです。
Twitterでもそういうつぶやきが多く見られます。

人間はやっぱり接触しながら安心する生き物のようです(^o^)
離れてよいことはめったにありませんね。
これは陰陽が逆になってしまうのだから、当然のことですが。
マクロビオティックの基本である陰陽の特徴を知っていたら、それだけでも納得できる内容です。

ネットも便利ですが、やはり本の良さは格別です。
ネットの陰性に比べて、本は陽性なので、そんな陰陽も考えると楽しいですね。

 
 

「コロナ」から日常生活を取り戻す

 
 

 
 
カテゴリー: 新型コロナウイルス, からだ, こころ・想い, 本の紹介 | コメントする

父の背中

本当はきのう、「きょうは特別な日 父の涙」の記事に書きたかったことなのですが、やはり父の涙は別格のものだから、別記事にしようと思ったことをこれから書きます。

私には二人の姉と一人の兄がいるのですが、その三人は昭和10年代の生まれです。
姉や兄たちは、父が何年かおきにちょっとだけ帰って来た時に妊娠した子どもです。
お腹が大きくなってきた頃、父は招集されて行くのでした。
兄は父が満州にいる時に生まれたそうで、父が帰国した時にはもう5歳になっていたのだとか。
私だけが妊娠から出産まで、そして、ずーっと父がいる中で育ててもらいました。

父はとても子煩悩だったので、小さい時はいつも私を膝の中に抱えてご飯を食べさせてくれました。
おんぶされていたのも、母ではなく父の背中でした。
父の背中で見た夕焼けの美しさを、なぜか覚えています。

母は私を産む前から体調が悪かったのですが、「うちには男の子が一人しかいないから、もしまた戦争が始まったら跡取りがいないことになってしまう。」と言って、お医者さんが反対するのに、頑張って私を産んだのだそうです。
それなのに産んでみたら女の子だったわけで、人生って思うようにならないものです。
でも、その後戦争もなく、父も母も95歳まで生きてくれたので、安心して逝ってくれたと思います。

母は父のいない中で出産をして、子どもたちを育てている間に肋膜を患っていたそうで、床に伏せながらの子育ては本当につらかっただろうと思います。
終戦になったといっても父は帰ってこないし、死んだ知らせも来ない生活は、私には想像の出来ないつらさだったことでしょう。

昭和23年、やっと父がシベリアから帰って来ました。
しかし、駅に迎えに行ってくれた父の兄は、自分の弟がどこにいるのか分かりません。
父の方がお兄さんを見つけて、「兄さん、俺だよ」と言ったそうです。

父は、極度の栄養失調から歯はすべて抜け落ち、ガリガリに痩せて、実のお兄さんでも弟だと思えないくらい別人になっていたのだとか。
文字どおり、命だけ持って帰ってきた父なのでした。

 
 

父も母も戦争当時のことは、あまり多くを語りませんでした。
きっとつらすぎて、思い出すのもいやなのでしょう。
いや、もしかしたら、そんなことを語る暇もなかったのかもしれません。
とにかく働き者の夫婦でした。

正直を絵に描いたような夫婦なので、要領よく生きることも出来ず、ただひたすら汗を流して働いていました。
今のように、家族旅行が当たり前の時代ではありませんから、夏休みであっても旅行どころか、むしろ子どもたちは家業を手伝う重要な人手だったのです。

こうして私は、幼いときから働くのが当然と思って生きて来ました。
二足のわらじを履きながら働くのが当たり前の私でした。
そのまま今も働き続けています。
きっとこれからも、健康が許す限り働き続けることでしょう。

 
 

仕事ばかりしている両親をみても、私は寂しくありませんでした。
ちゃんと愛情は感じていたし、着るものも食べるものも母が手作りで用意してくれました。
その姿を見ながら、四人の兄弟は家事全般が得意になりましたし、兄は器用さも手伝って、素晴らしいアイデアで唸るような仕事をしてくれました。

とにかく、よく手仕事をする家族でした。
母も器用ですが、父の器用さは職人肌で、キチッと綺麗な仕事をするので、子ども心にうっとりと見惚れていたのを想い出します。
よく鋸の目立てをしていたり、大工道具を綺麗に手入れしていた姿が今も目に浮かびます。

まだ私が独身の頃、食事に誘われて兄が泊まっていた東京のホテルに行ったときのことです。
兄が父の想い出話をするのですが、私より6歳年上で男の視点から見た父の想い出は、私の知らない父の姿であって新鮮でした。

そして、兄もまた両親に満足をして、特に父親の背中を追いながら生きて来たというのです。
兄は他にやりたいこともあったでしょうが、父の生き様を見て「親父の気持ちの方が大事だ」と、22歳にして家業を継ぎました。

親父の気持ちと言っても、父は兄に何も言ったわけではありません。
とにかく寡黙で、働くのみの父でしたから。
きっと父は、戦争でいっぱい死んだ仲間たちのことを想うと、命があるだけで十分だと思っていたのでしょう。
だから、子どもたちにも何もいうことなく、背中だけ見せていたのだと思います。

 
 

父や母のお葬式で兄弟全員が集まった時にも、両親に感謝があるのみで、兄弟たちの仲が悪いわけでもなく、これだけで私はとんでもなく有り難いことだと思いました。

父の背中を中心に、母や兄弟が笑顔で生きてこられたこと。
そして、その子孫がまだ誰一人として亡くなっていないこと。
これも素晴らしいことだと思いました。

人間にとって、一番大事なものを両親からもらえて、私はなんて幸せなんでしょう。
あなたたちの子どもに生まれてよかった。
大変な中、産んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。

心からそんな気持ちになれます。
なんだか、涙がブワーッと溢れて来ました。

お盆だから。
そう思うことにしておきます(笑)

 
 
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