記事の余白を陰陽で考えてみると改行はどの程度?

私がnoteを瀕雑に読むようになったのは、2020年のコロナ騒動のときからだった。
私の知りたい情報が、信頼できる感じで発信されていたからだ。
発信の形式が自由なのも気に入っていた。

ただし、あまり改行を意識した文章は読みにくいなと思っている。
それは陰陽的に思うところがあるからだ。

 
 

noteに限らず、ブログにしても今は改行を多くして、余白を増やす書き方が多いけれど、私はどうもその書き方が苦手だ。
何かを伝えたくて文字に託すのだったら、余白は多くなりすぎない方がよいと思っている。

読む行為は文字に集中(陽性)している状態だから、著しい改行や余白はむしろ分散(陰性)する方向になってしまう。
詩的な内容なら分散してもかまわないが、何かを説明したり解説するなら集中できる書き方の方が合うと思っている。

余白(陰性)というのは、(陽性)な部分があってこそ生きるものなので、余白に文字がポツポツとあるのは全体的に訴える力が弱く感じる。

 
 

要は文章の内容によって、うまく使い分ければよいわけで、私の考えは陰陽的に考えるとこうなるよね、という感じだ。
だから、大事な内容なら集中して読みたいから、あまり改行しない方が陰陽的には合致する。

読む、読まないは、要はコンテンツが決めることであって、形式は二の次かもしれない。
でも、今は形を入り口にしてしまう人も多いようだ。
全体的に緩む(陰性)ことを求めている時代なのかな?

※ 陽性:求心力が働く 陰性:遠心力が働く

 
 

あ、そうそう。
これは余白が訴える典型例だと思う。
「空が青いから白をえらんだのです」より 2017.12.26

 
 

  

 
 
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