不耕起米について

不耕起米について、せさみさんからコメントがありましたので、ちょっと記事にしてみますね。

不耕起米」とは、読んで字のごとく、「土を耕さないで作る米」のことです。
一般的にお米を作る場合は、まず、水田の土を掘り起こし、水を入れてから「代掻き」と呼ばれるドロドロ状態にしてから、ある程度まで育った苗を「田植え」しますね。
ところが、この不耕起栽培は、それらの作業を一切やらないで田植えをするのです。
なぜか?

昔、稲は「育てていなかった」のです。
勝手に育って、勝手に実った物だけが生き残ったわけです。
ところが現在は、化学肥料や農薬で、病気にも自然環境にも弱い稲が多くなってしまいました。
そのようにして栽培されたお米は、当然エネルギーが低くなっていますね。
そこで、稲をできるだけ「野性的」な環境で収穫しようとしたのが、「不耕起栽培」なのです。
純粋な意味では、「栽培」の部分をうんと少なくしたものです。

一般的に稲の栽培は手間がかかると思われていますが、田植えをしてから収穫するまでほとんど手をかけないのです。
草取り? これが凄いんですね〜。
凄い裏ワザがあって、雑草の芽があまり出ないようになるのです。
これは、土壌づくりに秘密があります。
メダカやイトミミズなど、他の命も一緒に米作りをしてくれるんですね〜。
最もいいのは「強い稲」になることです。
その結果、害虫や低温の被害から守られるのですから。

このようにして収穫されたお米は、当然エネルギーが高いので、人間に良い作用を及ぼすのは間違いありません。
何だか子育てと似ているように思いませんか?。
いじくりまわすのは不自然」ってことですね。
肝に銘じたいものです。

 

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コメント

  1. rei より:

    ちょうど川口由一さんの自然農の映画を観たいなと

    思っていたところでした!

    本当に子育てもいじくり回してはいけないんですよね。「信じて待つ」難しさ、日々実感してます・・・。

  2. マクロ美風 より:

    reiさん、こんにちは。

    自然農法って、そのまま人間社会にあてはまりますよね。

    「自分の力で成長する」

    「作物も雑木林のように混作で育つのが一番」

    「生態系に無駄なものは何ひとつない」

    これらを否定する時は、大抵、人間の効率主義によるものでしょうね。

    宇宙規模の視点で子育てをしたいものです。

  3. マーフィー より:

    その農法って、20年くらい前に友達が語ってくれましたよ! たしか愛媛県あたりで、実践してる農家があるとか… 友達もお父さんの時代から、有機無農薬栽培の専業農家なんですが。。。 周囲の農家から苦情をよく言われたらしいです。(虫がわくから) それでも信念を貫いてやってるみたいです。

  4. BR_GIRL より:

    最近、中尾佐助先生の本にはまりいくつか読みました。無農薬無肥料など「栽培」にばかりに私たちは目がいきがちですよね。厳しい四季(自然)を生き抜いた植物は強い。大昔の人はそういう食べものをいただいていたのだから、平均寿命が短いとはいえ、体は現代人よりも強かったのではないかと思います。口卑しい私は、タイムマシーンがあるのなら、その頃の食べ物を食べてみたいと中尾先生の本のページをめくるたびに思ったのでした。

  5. マクロ美風 より:

    マーフィーさん、こんばんは。

    マーフィーさんは、いいお友達をお持ちですね。

    お友達のお父様は、相当信念がおありですよね。

    有機無農薬栽培の農家には、理解のない人達から苦情がきて、人間関係で苦しむかたも多いと聞きます。

    でも、「負けないで、私達が応援しています」ってお伝えしたいですね。

  6. マクロ美風 より:

    中尾佐助先生の本は、ホントにはまりますよね。

    私も愛読しています。

    マクロビオティックを深く理解する上で、とても勉強になる本ですよね。

    ところで、体は確実に昔の人の方が強かったと思います。

    現代人は、もう退化への道を歩んでいるはずです。

    それも急速に。

  7. せさみ より:

    マクロ美風さん、こんばんわ!

    不耕起米ってどんな味するんでしょうね。

    ぜひ食してみたいわ。

    フォアグラとか北京ダックとかを例にするとわかるけど、

    美食のプロセスってかなり病的なのよね。

    これって精白米の糖度を高める努力=美味しいお米作り

    ってのと同じ気がするのよね。

    「健康なお米とはこういう味である」ってのが

    わかると、これからの味覚作りに大いに参考になりそう。

  8. マクロ美風 より:

    せさみさん、こんばんは。

    不耕起米って、まず、洗う段階で違いが分かります。

    手のひらに当たる感触が柔らかいのです。

    そして、食べると甘みがあるの。

    粘りについては、まず好みがあるし、お寿司にするか、チャーハンにするか、おにぎりにするかなどの目的によっても違うので、一概にいえません。

    しかし、何より大事なことは、「不耕起米にはパワーがある」と言うことです。

    一般的な栽培方法の稲が、気候の影響をまともに受けてしまって、収穫が困難な時でも、不耕起米は例年どおりに収穫できるように、悪条件でも生き延びる生命力、つまりパワーがあるのです。

    マクロビオティックでは、自然のパワーをいただくことを良しとしているので、不耕起米はその理に適ったお米だと思います。

    「健康なお米」って、不耕起米のことだと思うのですがいかがでしょうか?

  9. RIO より:

    ちょっと業界ごとなので、一言。

    「不耕起」を完全に続けることは至難の技です。実際は、「半耕起」になることが多いです。

    と言うのは、雨が続いたあとに機械を田んぼに入れるとどうしても地面ががたがたになってしまい、多少は後でならさないとならなくなるからです。

    ところが、生産者はわざわざ不耕起を半耕起とは言い直さないし(たいした違いではないと思っているので)、それを販売する米屋は、実は半耕起だったと知っておたおたするという図式があります。

    確かに、半耕起の場合、生物の多様性・循環という意味では、不耕起より劣ってしまいます。「不耕起田んぼに生き物が多い」ことを売り物にするPOPとか作ってしまうと、何となく嘘をついてしまったばつの悪い気がします。

    ここで言いたかったのは、不耕起も稲自身の生命力を最大限に引き出す一つの農法でしかないということです。

    不耕起田んぼでは、稲を引っこ抜いて隣の普通田んぼの稲と比べるパフォーマンスを行います。私も見ました。そこに居合わせた、地区の集荷業者(生産現場の裏表を知っている情報の宝庫でした)が一言小声で教えてくれました。

    「苗をしっかり作れば、慣行でも同じだよ。でも、消費者も米屋もみな、これで『ほぅ~』って感心するんだよな。」と。

    不耕起田では、除草のために米ヌカを大量に田んぼに入れます。これがまた別の問題をはらんでいます。要は、すべての技術は相対的なものであるということです。

  10. たけ より:

    RIOさんの記事が気になったのでコメントさせていただきました。僕は仕事で、農業(稲、麦、豆、野菜、果樹)をやっているものですが、稲作に関して言えば、仕事では「耕起」自給用は「不耕起」でやっています。RIOさんの言われているように「半不耕起」を「不耕起」とうたっているところは多いかもしれませんね。広い面積を少ない人手で、全部不耕起で管理するのは大変かもしれません。ただ、マクロ美風さんの言われるように「強い稲」になることは事実です。

    害虫や病気の被害が出るのは生態系のバランスが取れてないからです。

    あと、不耕起田では、除草のために米ヌカを大量に田んぼに入れますとありますが、これは、必ずしもそうとは限らないです。僕は「不耕起冬期湛水田(ふゆみずたんぼ)」という農法を実践しているのですが、これは、稲刈りのあとに田んぼに水を常時張る事により、水圧とイトミミズが土を押し上げてトロトロ層を作り、雑草の発芽を抑えると言ったものです。冬に水が出る田んぼは限られるのですが、効果はかなりあると思います。不耕起専用の田植え機もあり、宮城県などでは県での取り組みもなされているみたいです。ただ、不耕起専用の田植え機が高額なため、半不耕起で(代掻きでドライブハローを一回かけるだけあとは、普通の田植え機で、田植えをするところは多いと思います。)あと、除草の手段として、合鴨、ジャンボタニシ、アゾラ、藻、鯉、カブトエビなどを組み合わせている人もいるので、必ずしも不耕起田をやっている農家が大量の米糠を投入しているとは、限りません。農業だけで生活しようとすると、効率を重視して、耕起せざるを得ない場合が多いのですが、気持ちとしては、耕起の畑や田んぼを減らして、環境に負荷を与えない農法である、不耕起の水田や畑を増やして行きたいと思う気持ちはいつも持っています。

  11. 鍼美人 より:

    明治半ば生まれの祖母は

    大きなコメ農家で生まれ育ちました

    私が子供の頃は 減反政策の真っ最中で

    どんどん田んぼが休耕し減少し、そのニュースが流されていました

    そのニュースをみて 祖母はいつも教えてくれました

    『一度水を抜いて 休ませた田は”ザル田”になって使い物にならない。

    また、一から始める事になるんだよ

    手を加えて育てる物は キチンと手を加え続けなくちゃいけない』と

    農薬の使用は 手入れを楽にする方法だとも言っていました

    RIOさん、たけさんのコメントを読ませて頂いて

    『物を作る(農業に限らず)事に手を抜かない事』の本当の意味を

    消費する側が知らなければ 作る側の努力は報われない。

    と感じました

    少し 横道にそれたコメントで 失礼しました

  12. マクロ美風 より:

    RIOさん、コメントをいただきまして、ありがとうございました。

    きょう、マクロビオティック関連の集まりがありまして、ちょうど不耕起米を生産していらっしゃる農家さんにお会いできました。

    早速、RIOさんのコメント内容をお聞きしてみたところ、「そのような時期もあったけれど、今はどんどん改良されて来ていますよ」と、詳しく教えてくださいました。

    内容は、とてもとても長くなってしまいますので、ご本人の了解を得ましたから、参考までに組織名を書いておきますね。

     「(株)日本の水田を守る人々」

     「日本の水田を守る会」

     http://www.sizenko.co.jp/

  13. マクロ美風 より:

    たけさん、こんばんは。

    いつも、ハッとさせられるコメントをいただきまして、ありがとうございます。

    >農業だけで生活しようとすると、効率を重視して、耕起せざるを得ない場合が多いのですが、気持ちとしては、耕起の畑や田んぼを減らして、環境に負荷を与えない農法である、不耕起の水田や畑を増やして行きたいと思う気持ちはいつも持っています。

    たけさんのこのようなお気持ちと同じく、理想と現実の中で苦しむ農家さんが、全国にはいっぱいいらっしゃるのでしょうね。

    今こそ、生産者と消費者が心を一つにして、お米づくりの将来を考えるべきなのだと思います。

    消費者に何が出来るのかも、真剣に考えたいものですね。

  14. マクロ美風 より:

    鍼美人さん、こんばんは。

    >『物を作る(農業に限らず)事に手を抜かない事』の本当の意味を消費する側が知らなければ、作る側の努力は報われない。

    まったく同感です。

    私は北海道で、米づくりをした経験があります。

    「冷害」と背中合わせの、それはそれは「報われない」ことが多い仕事です。

    朝に夕に「水まわり」をして、稲の様子を観察しながら育てていく父の姿が、今も目に焼きついています。

    田植えもしました。

    草取りもしました。

    稲刈りもしました。

    ハサカケもしました。

    脱穀もしました。

    米俵も作りました。

    米俵(60キロ)の重みも知っています。

    当時はイヤイヤの側面がありましたけれど、今となっては、とっても貴重な経験だったと、感謝しております。

    こんな想いを、鍼美人さんのおばあさまはご存知なのでしょうね。

    あ、当時の大きなお米農家さんなら、ご経験はせず、使用人の方が経験されたのかも知れませんが。

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