私はずいぶん自由気ままに生きて来ました。
真の自由は何なのかを知らないまま。
嬉しかったこと、悲しかったこと、沢山経験しました。
でも、その度に発見があって、その度に感動がありました。
いま沸々と心の奥底から湧いてくる熱い想いは、それらの感動が土台になっています。
一つひとつの細胞が新たな命を吹き込まれたかのように、新しい躍動をしている感じがします。
ああ、まさに今も青春なんだと実感します。
先日秋乃さんのブログにサミュエル・ウルマンの「青春」が掲載されていました。
懐かしいですね〜。
改めて読み直してみて、うんうんと頷いてしまいます。
まさに私はこんな想いで生きて来たから。
高校生のころから「年齢は不可抗力だ」が私の口癖でした。
便宜上生年月日を基準に年齢を数えるけれど、それは個人を識別するため。
心の年齢は戸籍とは関係ないと言い張って生きて来た人生でした。
今こうしてこの詩を読み返すと、サミュエル・ウルマンが70代の時にこの詩を書いた心境に、自分の年齢も心も近づいていることに気づきます。
今を生きるすべての人にこの詩を贈りたいです。
* * * *
「青 春」
・原作 サミュエル・ウルマン
・邦訳 岡田 義夫
・蔵版 青春の会
青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相(ようそう)を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰(あたか)も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷(あつごおり)がこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
* * * *
「 青 春 」
・原作 サミュエル・ウルマン
・宇野収、作山宗久訳
青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは臆病さを退ける勇気
やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。
60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる。













