7月17日から入院していた夫ですが、転院日が決まりました。
7月31日に転院先の病院に向けて出発することになりました。
転院先の病院探しは初めてのことで、私も息子も大変でしたが、病院側(日本大学医学部附属板橋病院)の担当者(奥永)さんが、とても丁寧にサポートしてくださって、無事に転院スケジュールが決まりました。
夫は午前8時に東京の病院を介護タクシーで出発し、受入先の「川越リハビリテーション病院」で午前10時から検査を受けるそうです。
息子は埼玉の病院で待機とのこと。
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入院して一番ショックだったのは夫自身ですが、夫の事務所のスタッフさんも動揺していましたし、次々と相談があって、その対応に私も時間を割きました。
その間に京都から東京まで日帰りで面会に行ったり、転院先を探したり、私の睡眠時間は4日間で6時間という状態でした。
この時私は、もともとショートスリーパーでよかったと思ったものです。
私の授業の資料作りや講座も、寝不足の中でしたが無事に終えられました。
私は高校生のときから、一日30時間ほしいと思って生きてきましたが、夫が入院してからは一日70時間欲しいと思うほど忙殺されました。
現実には24時間しかないのにね(苦笑)
病気の他に事務所の事業問題やお金の問題、スタッフの問題などが絡み、私としても介入せざるを得ず大変な状態でした。
その間に顧問税理士とも連絡を取り合い、私の支えになってくださったのがありがたかったです。
頼るべきは確かな情報と信頼感であると、改めて感じました。
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確かな情報というと、塾生さんからいただいたアドバイスも確かな情報の一つでした。
そして、医療関係者や介護関係者の塾生さんも多いので、的を得たアドバイスが嬉しかったですし、私の体調を気遣ってくださるメールにも涙が出ました。
本当にありがとうございました。
一番大変なのは病人本人ですが、周りの人間も巻き込んでしまうのがこの病気なので、これから先のことも考えて、長丁場で生活のあり方も考え直さなければなりません。
首の皮一枚でつながった私たち家族の生活ですが、今後もっと悪くなることも当然視野に入れておかなければなりません。
息子は京都通いを中止して、毎日東京まで父親の面会に行っています。
精神的にも相当なストレスが加わっているようなので、毎日電話で話を聞いて気持ちを和らげるようにしていますが、父親の写真を見て涙しているのだとか。
仕方ありません。いつまでも元気なお父さんではいないのですから。
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でも、こんな時、息子がいてくれて本当によかったと思いました。
もし息子がいなければ、私は京都で授業にかかわることもできず、あるいは夫に不義理をする選択をするかもしれず、息子の存在に感謝の気持ちが湧いてきました。
息子にも「ありがとう」と伝えたいです。
夫の病気を通じて、多くの人に「ありがとう」の気持ちでいっぱいです。
人は常に誰かのお世話になりながら生きて行くものですね。
元気なときには忘れていても、ひとたび入院となると、現実には人に助けられているのですから。
このことを肝に銘じて、残された人生を夫も私も後悔することのないように歩みたいと思います。
最後になりましたが、私を支えてくださり、全面的にバックアップしてくださるむそう塾の中川善博さんとスタッフの麗可ちゃんに、心から感謝を申し上げます。
(2025年7月29日 午前7時の京都の空)
本日は8月2日の「マクロ美風の陰陽五行説講座」の資料作りをして、明日は埼玉に向かう予定です。