大森英櫻先生の「偲ぶ会」

きょうは、大森英櫻先生の「偲ぶ会」でした。
場所は「三鷹産業プラザ」。12時受付開始。会費5,000円
私は11時30分に到着しましたが、すでに数名が着席されていました。
会場に入ると、「正食医学セミナー」(宇宙法則研究会)のビデオが流れていました。
大森先生の声を聞いたとたん、「うっ」と込み上げて来るものがあり、いつものスマイルで
講義をなさるお顔を拝見していると、何だか大森先生が亡くなったように思えませんでした。
でも、隣席のご夫人が不自由な体を押して出席されたお話を伺っていると、だんだん「本当
にいなくなってしまったんだなぁ」と感じると同時に、涙が頬をつたいました。
玄米を食べている者同士は、初対面でも穏やかに話をできることは何度も経験済みですが、
開始を待つ間に近くの方々と大森先生のお話をしていると、青森・沖縄・京都など遠方のかたが
とても多いことにびっくりしました。
ところで、大森先生のお写真は、少し微笑んでいるもので、とてもいい表情でした。
ニヒルな笑みではなくて、心からの安らぎが漂ってくる、穏やかな微笑です。
    *    *    *    *
さて、1時7分、黙祷で偲ぶ会が始まりました。
その後、石田英湾先生がご挨拶をされ、230名ほどの参加者がある旨のご報告がありました。
また、英湾先生は、「大森先生の真似事でもいいから、私達は日本の正しい文化を守って広めて
いきたい」と話されました。
次に、半断食の國清拡史(くにきよ・こうじ)先生のご挨拶。
「大森先生は自分で考えろと言葉では言わないけれど、いつも感じていた。」
「大森先生のように自分に厳しく、他人に優しくできる人を、私は他に知らない。」
その次が、愛知県小牧市の伊藤誠先生のご挨拶。
「大森先生は病気治しをする時、病人と同じ物を食べることに感動した。」
「骨折した直後なのに、痛み止めの注射を打って板の上に横になり、寝た状態で最後の講義を行な
ったのは、常々自分のことより皆のことを思って50年間運動してきた姿勢そのものだ。」
最後は、宇宙法則研究会料理部の加藤千枝先生のご挨拶。
いつも包丁を持ってまな板に向かっているので、このような場は慣れないからと原稿を読まれたが、
あまりにも表情の素晴らしいかたで、みとれているうちに内容を失念してしまった。
1時45分、正食医学セミナーのビデオが上映される中、一人ずつ白菊の献花が始まりました。
(ビデオの講義タイトルは「一、宇宙法則と万物創世学等」「二、マクロビオティックと正食医学」)
2時10分、指名されたかたの一言スピーチ開始。
まず、長生堂の山本英勝先生
「大森先生は玄米と病気治しをされたので、私は玄米と歩くことを研究したい。」
次に、元リマ東北沢店の店長、田山氏
「大森先生は、私の青春のすべてだった。」
以下、住所地とスピーチの内容
鹿児島:女性
     「大森先生、地上界にメッセージを送って下さい。」
長野県:女性
     「大森先生は、亡くなった時たぶん38キロだったが、骨壷に骨が入りきらないほど、骨が多か
     った。」
熊本県:男性
     「私にとって大森先生は、お釈迦様より最高の人物だった。」
     「私達は、後世に無双原理を広める必要がある。」
福島県:女性
     「病気の経過、注意点が、大森先生の言ったとおりになるので、びっくりした。」
     「一粒万倍をしたい。」
東京都:男性(98歳) (桜沢先生のもとで、事務局長も務めた方が、足が悪いので出席できない
               けれど、お手紙を頂いたと、英湾先生が代読。)
     「大森先生に100歳まで生きて下さいと言ったら、『私は若い時から体をいじめているから、
     そんなに生きれないよ』といった。」
宮城県:男性
     「巨星落つ」
2時52分、飛び入りスピーチ。
男性:「夏、白い麻のスーツを着て、すごいスピードで歩く姿に、さすがと思った。」
    「全世界の損失だ」「まさに巨星」
女性:「先生のお宅にお邪魔した時、先生自ら栗をゆでてご馳走してくれようとしたが、真っ黒に焦が
    してしまい、『君達に食べさせようと思ったのに・・・』と残念そうに真っ黒な鍋をみせてくれた。」
ここから、また、指名されたかたのスピーチ。
京都:女性
    「大森先生が、人間の判断力を一段階上げるには100年かかると言っていた。」
    「『小生の生涯の悔いは、英語を勉強しなかったことである』と手紙に書いてあった。」
沖縄県:女性
    「玄米が入らなくなった時、大森先生は『陰陽を4つに分けてな』と言った。」
    「病気で、どうしてもホルモン治療以外に道がなかった時、大森先生が『病院がダメっていって
    るんじゃないぜ、陰陽が合っていればいいんだ』といった。」
    「無双原理は哲学だからなぁ、女性には無理なんだよ。」
    「先生が残した言葉を、自分の感情を入れずに、たくさんの人に伝えていきたい。」
3時30分、大森一慧先生のご挨拶。
「大森は、2,3年前から死後の世界に興味をもっていた。でも、『あの世から戻ってきた人はいない
もんなぁ』とも言っていた。」
「子供達は、お父さんの手の平の上で動かされていたと言う。」
「大森の死後、不思議なことがたくさん重なった。」
「1歳6ヶ月の12番目の孫が、空間を指差して『じーじ、じーじ』と言う。」
「四十九日を過ぎてから、色々な考えが少しずつまとまってきた。想念・パワー・エネルギーは、
すべてこの世に置いていくんだなぁと思った。だから、霊はあると思う。肉体にエネルギーがなくな
ったら、宇宙に帰るんだとも思う。」
3時35分、すべて修了した。
お土産は、 
 1 「人間 大森英櫻」の本一冊
 2 玄米ご飯(おにぎりのような三角の形で、プレーン1個、黒豆入り1個)
 3 寒漬け大根一切れ 
  4 小梅1個
 5 みかんジュース1本(大森先生が、みかんが好きだったのでと説明あり。)
  (上記2・3・4は、宇宙法則研究会の料理部が、二日がかりで作ったそうです。)
    *    *    *    *
「偲ぶ会」に出席して思ったこと。

まず、文字どおり、北は北海道から南は沖縄まで、全国のいたる所から駆けつけたかたの何と多
かったことか。生前の大森先生が、いかに活動範囲が広かったかを証明していると思いました。
また、大森先生に感謝している人達が、義理ではなく、心から出席したいとの想いを持って集まった
せいか、とても良い波動に満たされていたのが、印象的でした。
何しろ、30年・40年と玄米を食べ続けている、颯爽とした人達が集まっているのですから、当然と
言えば、余りにも当然ですが・・・。
よく、「お葬式でその人の人生がわかる」と言いますが、まさに、大森先生の人生の縮図をみた思いが
したのは、私だけではなかったと確信します。
大森先生は、玄米だけでなく、生き方をも教えて下さいました。
細かくは、おいおい書くつもりですが、きょうの出席者をみると、年齢がやや高めの人が多いものの、
老若男女が実に見事に調和しているのです。
真の幸福は「完全調和」であり、それが自己完成に至ることを思うと、大森先生の偉大さを改めて感じ
ました。
大森先生から教えを受けた者の一人として、その功績を忠実に多くの人達に伝えることを、大森先生
の遺影にお約束をして、会場をあとにしました。
大森先生、一粒万倍ですね。
見守ってくださいね。
 
            


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コメント

  1. gentaroh より:

    マクロ美風さん、こんにちは

    私は昨日、帰宅したのですが、大森先生を偲ぶ会には、私も家族一同で出席しました。

    宇宙研のHPを確認してみると、私の後ろ姿が写真に載っていましたが、

    実は、スピーチをした文中の「熊本県:男性」は、私の父でした。

    あらかじめ、宇宙研側から一言スピーチを!と依頼を受けていたのですが、個人的には、口下手な私の父としては、思いをよく伝えられたほうであったと思っています。

    お会い出来なかったのは残念でしたが、皆さん、大森先生に結んで頂いた縁で知り合い、そして再会出来たことを喜んでいたような印象を受けました。

    よって偲ぶ会なのに、お会いした方々皆さん、ジメジメとはしておらず、笑顔で話をされていたという印象を強く持ちました。

    人によっては、お叱りを受けそうですが。(^0^)

    これから先、大森先生におんぶに抱っこであった人々は大変なのかもしれませんが、そうではない我々一人一人は、大森先生から受け取ったものを次の世代に伝えて行ければ、という気持ちを私は強く持ちました。

    これからは出来るだけ、大森先生以外の事柄でも出現できるようにしたいと思います。

  2. マクロ美風 より:

    gentarohさんがご出席なさるのは、なかなかさんのブログで知っていたのですが、どのかたがgentarohさんかわからなくて、失礼しました。

    お目にかかれなくて残念です。

    私は、真ん中の列で前から3番目の右端に座っていました。

    gentarohさんのお父様のお話、よ~く覚えています。

    記事としてのバランスをとるために短くしてしまいましたが、gentarohさんのことにも触れていましたよね。

    しかし、そのゲンタロウさんがgentarohさんのこととは、夢々思いませんでした。

    ご指名なので、お名前も職業もおっしゃっていましたが、ブログの性質上控えた方がいいかな?と思って書きませんでした。

    ゲンタロウさんが、大森先生の教えに忠実に姓名判断をしていることも、お話されていましたね。

    お父様のお話の内容は次のようであったと思います。

    「大森先生は20世紀の巨人であり、偉人であり、師であった。」

    「お釈迦様が偉いといっても、私は会ったことがない。私にとってはお釈迦様より最高の人物だ。」

    「無双原理によって、

    ・60年間解らなかった物事の中心がつかめた。

    ・ものの考え方の基本、人生の基本ができあがった。

    ・病気の全体像を順を追って考えられるようになった。」

    「現代医学は新陳代謝が欠落している。」

    「私達は後世にこの考えを広める必要がある。」

    私は、このお話に心で「同感、同感」と頷きながら拝聴しておりました。

    とつとつと、噛み締めるように話されるお姿に、真摯な姿勢を感じ、「素晴らしい関係だなぁ」と羨ましく思ったことでした。

    それから、gentarohさんがご指摘のとおり、あちこちで「あら~」とか、「ウワーお久しぶり」とか、「ヤーしばらく」といった声が多く聞かれましたね。

    きっと、大森先生が個々人の中でしっかりと定着して同居しているから、体はなくなっても魂は生き続けているのだと思います。

    それでジメジメ感がないのでは?

    私もその一人です。

    なお、大森先生に「おんぶに抱っこ」だった人々は、どうしていいか分からないようですね。

    私は、大森先生が命を賭けて追求してくれた宝物を歪めることなく、次世代に伝えていきたいと思います。

    これからも、色々ご指導をお願い致します。

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