こんな時代だからこそ、まずは生活力を高めよう!

私は戦前・戦中・戦後を生きた両親のもと、4人兄弟(姉2 兄1)の末っ子として昭和24年(1949)に生まれた。
長女・次女は日中戦争中に、兄は太平洋戦争中に生まれ、私だけが戦後に生まれた。

姉や兄が生まれた頃は「産めよ増やせよ」の時代で、招集されても夫たちは妻の元へ一時的に帰されたのであった。
妻が妊娠した頃、夫はまた招集される。
私の母は身重で何度も夫を見送って、そのうちに病気になってしまった。

昭和23年、父はシベリアからガリガリの体で帰国した。命だけを持って。
母は自分と子どもたちの命を守るのが精一杯の状態で床に伏していた。
しかし、そんな状態でも母は妊娠した。

私だけが父のいる日常で育ててもらえた。
姉たちは、育つ途中で父がいなくなってしまう体験をしている。
兄は父が不在のときに生まれているから、初めて父親に会ったのは5歳のときだった。
そのため、父の想い出話をすると、姉や兄と大きくかけ離れてしまうのが申し訳なかった。

 
 

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そんな家庭環境のせいか、私は手放しで人生を楽しんだわけではない。
生きる底流にはいつも「我慢」というのが横たわり、それは今も健在である。
我慢の原因が国のせいであっても、他者のせいであっても、まずは我慢をする。
それは私の細胞の一部になってしまっているようだ。

色々な人に出会い、様々な体験をし、人並みに結婚をして子どもも生まれた。
戦争を知らずに生きて来られた。
しかし、これからはまた父母の時代に戻ってしまうかもしれない。
父が生きていたら今は114歳。母は112歳。

それぞれ95歳まで生きて、ボケることもなく戦争を体験として教えてくれた。
戦争は個人の人生設計も、夢も打ち砕く。命さえも。

今の日本の幸せは危うい。
「将来を考えての今」は、「今できることをやる」ことに尽きるかもしれない。
なぜなら、今できることが将来はできなくなるかも知れないからだ。

今、存在するものが、何年先も存在するとは限らない。
消えてしまう方が多いかもしれない。

 
 

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今年の夏、某民間IT企業が防衛産業に乗り出した。
先の戦争でも、軍需産業は儲かって、その後の日本経済で主流を占めているから、生き残るために儲かる方に舵を切るのは企業としてアリなのかもしれないが、釈然としない。
海外でも戦争で儲けようとする輩がウヨウヨしている。

そんな時代の庶民は、とにかく生活力をつけておくことが重要だ。
つまり、生き延びられる力である。
人間にとって一番重要なのは、食べることだと思っている。

これまで以上に一次産業が重要な時代になった。
しかし、外圧でその一次産業はどんどん弱体化させられている。
先の大戦の頃は一次産業従事者が多かったけれど、今は真逆になってしまった。

個人個人が生活力の底上げを意識した方がよい空気が漂い始めたので、この記事を書いてみた。
杞憂に終わることを強く願いながら。

 
 

(玄米ごはん 料理:京料理人 中川善博 マクロビオティック京料理教室 むそう塾)

 
 
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