マクロ美風の体験的マクロビオティック 芽吹きの季節

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春になると芽吹いて花が咲き、やがて若葉から濃い緑に変わって夏を過ぎ、秋にはまた葉の色で美しさを魅せ、木枯らしとともに新芽の準備に入る木々たち。
一連のエネルギー変化はそっくりそのまま私たち人間にも当てはまります。
陰陽五行説という東洋の考え方は、宇宙(自然界)の営みをそのまま私たちの体や暮らし方、そして生き方にも当てはめて説明します。
その考え方は、西洋的な考え方で行き止まりを感じてしまった人には大いなる解決策になったりします。
そして心の平和や安心感や、癒しの感覚があなたを救ってくれることでしょう。
マクロビオティックとは、そんなことを意識した考え方です。

私は中学生の頃から一年のうちでは秋が一番好きでした。
センチメンタルな想いにふけるおマセな学生でした。
ずっとそのまま大人になって、夢を食べながら生きていたのですが、法律の勉強を始めるとそんな暮らしは一変しました。
花見シーズンはもちろん、お盆やお正月であっても試験に合格するまではすべてお預け状態です。
ちょっとした時間も惜しんで六法全書にのめり込んでいた暮らし方では、桜の花が咲いても感動する心の余裕はありませんでした。
でも、恋をしたら春が好きになったのです。
桜の美しさに感動出来る心が蘇っていたのです。

今も何らかの理由で心に余裕のない人は、桜に浮かれる気持ちにはなれないことでしょう。
ある意味で桜を楽しめるということは、その人に余裕がある証拠だと思います。
それは物心両面での余裕です。
桜にははかなさがあります。
それゆえ桜には悲しい想い出のある人もおられるでしょう。

しかし、桜の咲く季節は間違いなく自然界のエネルギーが躍動感に満ち溢れている時ですから、素直にそのエネルギーを取り入れて暮らすのが心身のためには望ましい生き方です。
私もあの葉っぱのように躍動感のある生き方をしよう!
そう思って私は日々自然界のエネルギーのお世話になりながら生きています。

ところで、花の準備は花が散った時からすでに始まっているんですよね。
自然界は一日も休むことなく、コツコツと「その時」に必要な営みをしているのです。
それを一年の流れで見ると変化があるのですが、昨日と今日では変化を感じないことでしょう。
私はいつも「その時」の氣を大事にしながら、自然界から学んで生きたいと思っています。
人間もまた自然界の生き物だから。

 


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桜の季節(京都版)

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京都はこれからが桜の季節本番です。
駅に近い鴨川沿いは桜が咲き始めましたが、むそう塾のある三条あたりはまだです。
三条あたりの鴨川沿いでは、しだれ柳が日に日に緑を増しています。

昨年は忙しい合間をぬって、初めて高瀬川沿いを歩きました。
高瀬川はむそう塾から鴨川を渡ってすぐなので、鴨川の桜とともに楽しんでみてはいかがでしょうか。
「薄暮の高瀬川」

それから、これもむそう塾から歩いて行ける距離の琵琶湖疏水もお薦めです。
むそう塾がコース制をスタートさせた年に、中川さんと工事の合間に行ってみました。
両岸から水面に向かって伸びる桜の枝ぶりが素晴らしかったです。
「今日の京」

昨年の秋にご紹介した「東福寺」には桜の木がたくさんあったので、これからは相当綺麗でしょうね。
東福寺は昼間はとても混雑するので、早朝が穴場と聞きました。
京都御苑、二条城も綺麗だそうです。
二条城の桜はJRの宣伝でお馴染みですね。

祇園白川と高瀬川は、場所柄艶っぽい桜が楽しめます。
むそう塾から歩いて行ける距離に桜の名所がたくさんあるので、講座のついでに行かれるのも良いでしょう。

 


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「玄米の炊き方秘伝(第69回 むそう塾 愛クラス)が終了しました

昨日は「玄米の炊き方秘伝(第69回 むそう塾 愛クラス)」を開催しました。
再受講のかたが4名、新人さんが6名でした。
今回の受講者は、神奈川1名・京都3名・大阪1名・兵庫2名・鳥取1名・熊本1名・鹿児島1名でした。
愛クラスを終えていつも思うのは、ご縁のあった皆様が健康と幸せを手にされて、笑顔で暮らせる日々であってほしいなぁということです。
毎回何かしら体に不都合を抱えてご参加くださる方がいらっしゃるのですが、今回は便秘の方が多かったです。
そしてそれがかなり頑固な便秘なのです。
先月にも筋金入りの便秘のかたが受講されましたが、これはまさしく長い間の食べ物の影響が出ていますね。
食べ物や暮らし方にはかなりの認識の差があって困難を極める人もいます。
正しい情報をもとに、しっかり取り組んでほしいなと思います。

なお、ビジョンの入荷待ちのかたにはお待たせをしてすみませんが、炊き方を忘れないように手順の復習をしておいてください。
特にブラックボックスの部分は一番重要なところなので、間違いなくトレース出来るように練習しておいてくださいね。
すでにビジョンやeコントロールをお持ちの方は、どんどん投稿なさってください。
投稿を楽しみにお待ちしています。

 

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蕗の想い出から竹の子の保存方法の話

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(料理&写真:中川善博)

私の母は山菜料理が好きでした。
その中の一つで蕗のお料理は私も大好きです。
春(と言っても北海道の春は遅いですが)になると蕗をたくさん茹でて塩漬けにします。
これを新鮮な野菜の少ない冬場に春とは違うお料理にするのです。
これがとっても美味しくて、噛むと中からしみ出て来る味がとても味わい深くて、母の味の一つになっていました。

私が息子を妊娠中に、この塩漬けの蕗の煮物を猛烈に食べたかったのですが、そもそも塩漬けの蕗なんて関東では売っていません。
そこで北海道の母に頼んで少し送ってもらって、懐かしく大事に食べたのでした。
でも夫は「何だか知らない味」といって食べてくれませんでした(笑)
夫は食べたことのないお料理には手を出さないタイプなのです。
私は食べたことのないお料理だからこそ手を出すのですが(笑)

これは食べ物の保存法として塩に漬けたり、砂糖に漬けたり、お酢に漬けたり、オイルに漬けたり、あるいは天日に干したりして、別の美味しさが加わることによる奥深い味が嬉しいのだと思います。
マクロビオティックの陰陽でいうと陽性さが増す方法が多いですね。

ところでずいぶん前になりますが、中川さんのお料理が雑誌に載ったことがありました。
しっかりお料理をするであろう年代の女性向けの雑誌「HERS」(ハーズ)です。
ここに取り上げられた中川さんのお料理のページは、他の作品から見ると群を抜いて素晴らしいものでした。
竹の子の保存方法を特集した記事なのでとても参考になります。
保存した竹の子を使ったお料理写真をお一つどうぞ。

 

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(料理&写真:中川善博)

「HERS」2008年5月号

 


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自分にとっての大きな岩とは? (大きな岩と壺の話)

偶然、次のような記事を見つけました。
インターネット上で話題になったそうですが、私は知りませんでした。
あまりネットサーフィンをしていないので。
一読して思うのは、自分にとっての「大きな岩」とは何だろうということです。
個人個人で価値観が異なるように、その人の大きな岩も異なるわけですが、案外共通していることがあるように思います。

人生は有限ですから、無駄に時間を過ごしたくない思いがある反面、結構無駄な時間の使い方をしている人が多いです。
かくいう私だって若い頃には無駄なことの連続でした。
でも今になって、その無駄だと思われたことが役に立っていることもあります。
ですから、すべてを計算して1分たりとも無駄のないように生きようと思うと息が詰まるでしょうが、考え方として「大きな岩」を意識するのは大事なことだと思います。
あなたにとっての大きな岩とは?

 

<村井説人の日記>より

引用開始

ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。

そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。

それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。
彼は学生に最後の質問を投げかける。

「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。

それを最初に壺の中に入れなさい。
さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。

引用終わり

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(蓮根の桂剥き by 中川善博)

 


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