離婚してからの私は負から再出発すべく働きまくりました。
昼は会社で経理をして夜はクラブでレジをしていました。
一日中そろばんをはじいてお金を数えていたのですが、不思議と飽きることもなく楽しかったです。
特に夜は社会の裏側が見えて面白いものでした。
男と女の本音が渦巻いていて、もともと人間好きの私はレジでありながらもお客さんと会話をすることも多く、チップもいただいたりして潤っていました(笑)
昼間のお給料より夜のお給料の方が勤務時間の割りには高く、さらに夜はチップという臨時収入もあって、お給料はそのまま貯金してチップで生活できました。
高度経済成長時代の恩恵だったのでしょう。
なにしろ働いてばかりなので遊ぶお金はいらないし、お洋服は自分で縫うので生活にそんなにお金がかからなかったのです。
そうこうして結構なお金を貯めてから資格を取るべく、それらの職場を辞めて横浜から東京に移りました。
法律の勉強をしながら弁護士の私設秘書として働くことを許され、勉強の環境を整えて協力してくださった先生方には感謝以外の言葉はありません。
司法試験で苦労された先生からは、勉強の仕方や生活の仕方、はたまた恋愛の仕方まで教えていただきました。
恋愛の仕方?と疑問に思われるかも知れませんが、勉強をするためには勉強ばっかりしていてはいけないよという視点での話です。
つまり人間関係を上手くこなしながら効率よく勉強をする方法を教えてもらいました。
逆説的に「こうしているから訴訟になるんだ」という裏側も学ぶことができて、法律の勉強とお仕事は実に楽しかったです。
そして今もしっかり私の中で役立っています。
人生で一番学びの多かった時期でした。
振り返ってみると、私は離婚を境にやっと人間の裏面を知り始めたのだと思います。
一人で苦しむ中で自分とは違う考え方をする人間の存在を知り、その人の生い立ちまで遡って深く人の心を考えるようになりました。
そんな意味で親の愛情に恵まれてのほほんと生きてきた私にとって、離婚は私に人間としての奥行きをどーんと放り込まれた出来事でした。
できれば離婚は避けるべきものかもしれませんが、私にとっての離婚は人間性を高める意味でも大いに肥やしになりました。
今では離婚を経験して良かったと思います。
あれが同棲だったら少し受けとめ方が違っていたことでしょう。
さて、そんな再独身生活に別れを告げる日が突如としてやって来ました。
忘れもしないバレンタインデーの日です。
勉強仲間だったCさんの事務所に書類を届けに行って食事をご馳走になり、その後入った喫茶店でたまたまバレンタインデーであることを知り、私から「結婚しようか」と言ったのでした。
「うん、いいよ」というCさんのひと言で結婚することになったのでした。
なんていい加減なことか。
たしかに交わした言葉はふた言ですが、きっと勉強期間中のCさんの真面目さを肯定していたのかも知れません。
こうして4月1日から二度目の結婚生活が始まりました。
夫になったCさんとともにバツイチ同士の再婚でした。
私38歳、夫40歳。
翌年には長男が生まれ、たった1回の喧嘩もすることなくここまでやって来ました。
私と知り合った時、夫はすでに別居中だったので、離婚をして私を入籍してくれました。
離婚当時10歳だった夫の子供には成人になるまで仕送りを怠りませんでした。
生真面目な夫の性格そのものです。
今まで私の息子には私達夫婦が再婚同士であること、そして母親違いの姉がいることは話していませんでした。
でも息子も24歳になり、彼女との別れも経験したりして、男女の別れが少しは理解出来るようになったかなと思って夫とともにこの話をしました。
ブログの記事で真実を知るというのは避けたかったからです。
息子はビックリしていましたが、大人の理解ができたように感じました。
こうして一つの別れ(陰)と一つの結びつき(陽)が生まれ、これが繰り返されて人々は生きて行くのですね。
まさに陰陽です。
生から死へ向けて、下車する駅がわからないまま私たちはその電車に乗り合わせます。
どこから乗ってどこで降りてもそれは自由です。
どんな人とどんな会話をしようとそれも自由です。
ただ一つ、他人を傷つけたり物を壊してはいけません。
相手のテリトリーに入りすぎてもいけません。
その間合いを私はマクロビオティックを知ってから実に良く判るようになりました。
陰と陽という二つのエネルギーで物事をみて、あらゆる出来事にあてはめて考えるその考え方は、波立った心を静かにしてくれます。
絶望の中にも希望を見い出せます。
わずか40年の間に起きた結婚・離婚・結婚・出産。
それはマクロビオティックを知らない時の出来事でしたが、今ならこう考えるという視点がたくさんあります。
それをいっぱい織り込んでご相談を受けた皆様にアドバイスとしてお返ししています。
私のお恥ずかしい体験ですがマクロビオティックを知ることによって、「ああ、あれは無駄ではなかったのだ」と心から思えました。
どんなに理不尽な体験であっても、それは必ず活きる時が来ると信じて疑いません。
桜沢如一先生が言われるように、迷った時には厳しい方を選ぶことが出来ればまず人生は間違いないと思えます。
「王道を生きる」ことを自分の生き方として、これからも歩み続けたいと思います。
(アルストロメリア 青文字 京都ホテルオークラにて)