マクロビ井戸端会議をしていた頃、一人のピンと来る男性が来てくれました。
彼は当時体調を崩していて、マクロビオティックに関心を持ってくれたようでした。
何回もお会いする機会を得て、夜通し話をして朝を迎えたこともありました。
落ち着いていて自分の考えをしっかり持っていて、人当たりも良くて笑顔も素敵。
こんな彼が本当に素敵で、健康になってほしいと心から思っていました。
ひょんなことから一緒に熊本に行くことになり、2泊3日の熊本旅行となりました。
当時の私は九州や熊本や札幌や香川や名古屋などを跳び回っていて、こうして古い記事を読んでいてもあの頃の忙しさや夢や希望が熱く想い出されます。
一緒に熊本に行ってくれた彼は周浦宏幸さんと言って、その当時お豆腐屋さんになりたいと言っていました。
自分で大豆を作ってその大豆でお豆腐を作りたいんだと熱く語ってくれたのです。
それでTAOさんのところに一緒に行き、そこでお医者さんと会い、そのお医者さんつながりでパーマカルチャーをされている方を訪問することが出来たのです。
突然訪問させていただいたにもかかわらず、気持ちよく私達を受け入れてくれて昼食までご馳走になり、手作りこんにゃくまでお土産にいただいてしまいました。
このことは後々周浦さんの夢に少なからず影響したかも知れません。
その後周浦さんは勤め先を辞めてお豆腐屋さんに修業に行きました。
修業に行ってからもお会いすることがあったのですが、つらそうなその修業を前向きに頑張っている姿に感心したものです。
周浦さんはその後夢を叶えてお豆腐屋さんになりました。
やっぱり彼は見どころのある男性でした。
彼の人生に幸多きことをお祈りしています。
「月のとうふ」
<関連記事>
・月のとうふ
・月のとうふ(以前のブログ)
・こうさぎ自然塾「月のとうふ」
・200億円の再開発事業から1丁200円の豆腐作りへ
<抜粋>
★[競わない生き方]のススメ
■周浦宏幸さん(42歳)
【経歴】旧特殊法人勤務→豆腐屋経営
【年収】800万円→400万円
マンション5棟を含む200億円規模の再開発事業から、1丁200円の豆腐作りへ。形は同じ四角形だが、かなりスモールなものづくりへ転身した、周浦さんのキッカケは病気だった。
「10年間勤務した旧特殊法人の8年目に肝臓の病気になって、食事療法に取り組んだんですよ。肉や魚をひかえ、玄米と野菜中心の食生活にしたら、肝機能の数値もグンと上がり、朝5時頃には目が覚めるようになりました」
食の大切さを体感した周浦さんは、日本の食や農業の現状を知るための勉強会などに通い、自分が納得できる食べ物を作りたいと思うようになった。
「再開発の仕事って、以前あったものを潰して新しいものを建てるんですけど、本当はなくさなくてもいいものまで潰してるんじゃないのか。でも給料をもらっている以上、そんなことを考えるのは『悪』だし、仕事と割り切ってやらざるをえない。そんな葛藤も、見えないストレスになっていたのかも」
そこで、以前からおいしいと思っていた池袋の大桃豆腐店で2年間修業を積み、昨年9月、千葉県香取郡神崎町に約30坪の豆腐店「月のとうふ」を開業。地元産を含めた有機国産大豆と、酒蔵の多い町の地下水、海水由来の天然にがりだけで豆腐を作っている。
転身後、周浦さんには大きな変化が2つあった。ひとつは、毎日16時間労働で、時にはヘロヘロな状態で定期検査を受けても、肝機能は前職の頃より良好なこと。
「自分の好きな仕事をして、お客さんにも喜ばれていると、病気にはなりにくいんでしょうか」
そしてもうひとつは、「幸せ」の感じ方が変わったこと。
「前職の頃は、百数十万円のハーレーダビッドソンを買ったり、海外旅行したりというのが幸せだと思っていました。でも、それはメディアから刷り込まれた不特定多数の“幸せ”だったんじゃないか。他人と同じものが欲しい、同じことをしたいと、いつの間にか思わされていたのかもしれません」
今の彼は、毎朝4時に起きて作る豆腐を売って店の経営を続けながら、「夫婦2人で健康に暮らせること」が幸せだという。転身と減収を経て掴んだ、他人と比べない自分だけの幸せのかたちだ。
<マクロ美風からの追記>
周浦さんは現在お子さんも出来て、親子3人幸せな生活を築いています。
子供好きだった周浦さんがお子さんと一緒に笑顔で写っている写真を見て、心から「ああ、良かったなぁ。おめでとう!」と思っています。