マクロビオティックでいちばん大事な中庸を忘れかけた自分

2026年1月23日は夫の通院日だったので、東京の「日本大学医学部附属板橋病院」に付き添ってきました。
2025年12月12日から、夫に関する記事は更新していませんでした。
それは私の中で調べたいこともあったし、迷いもあったので、中途半端な記事を書けなかったからです。

12月10日に、「ポリファーマシー(多剤服用)の心配」という記事をFacebookにリンクしたところ、Facebookでお友達の方からコメントをいただきました。
実は、その頃の私は超多忙で、そのコメントを発見したのはなんと2週間も経ってからだったのです。
まだ実際にお会いしたことはありませんが、マクロビオティックの大先輩というだけでなく、それを超えた高い次元で陰陽の生活をされていることがブログ記事からも伝わってきます。

その方が、とても貴重なコメントを寄せてくださって、私の中で記事にするのに1か月を要しました。
いただいたのは次のようなコメントです。

全ての現実をそのまま受け入れられる。
そんな心境が中庸の姿かも?
内なる世界と外なる世界の調和。
目指しても、到達しない心境だと思いますが。
苦悩するのも、生きているから。
痛い、苦しいと思うのも、生きてる証拠。

 
 

***

夫も私もついついミクロなことに振り回されていました。
息子のアトピーで悩んだときもそうでしたが、人間は目の前に現実的な問題があると、ついついそのことに氣が行ってしまって、太極で物事を考えにくくなってしまうようです。

そんな私に、コンコンとドアをノックしてくださって、開けるべきドアを教えてくれた気がしたコメントでした。
そうだ!
私は中庸から外れかけていたのだ!

猛烈な反省とともに、すぐ夫にもコメントを読んでもらいました。
夫も瞬時にコメントの内容を理解し、まるでパズルが解けたかのような安堵の表情に変わりました。

私は何のためにマクロビオティックをしてきたのか?
今まさに中庸を目指すべきときなのに、シーソーの端から端へと移動しようとしていたと気づきました。

 
 

***

私は日頃、精神面では「全ての現実をそのまま受け入れる」ことを実行してきましたが、
肉体面ではそれを拒否していた自分がいました。
こと、医療に関してはその傾向が強かったです。
それはマクロビオティックを教わった恩師からの流れでもありました。

でも、奇しくもその恩師と同じ苗字の方から「中庸」を諭され、私はとても深く考えました。
その結論を持って先日病院に行き、薬の変更をしていただきました。
今後夫がどのように変化するか、注意深く見守らなければなりません。

 
 

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先日新幹線から晴れ晴れとした富士山が望めた。
本当に素晴らしかった!(冬の朝ならでは)
まるで私の気持ちを共有してくれたかのように。
私は何百回この景色を見たことだろう。
色々な気持ちでこの景色と心を重ね合わせて来た。

コメントをくださった方も、少し違う角度から富士山が眺められる地域にお住まいだ。
だから、この記事には富士山がお似合いだと思う。

 
 
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