先日開催した「マクロ美風の陰陽落とし込み講座 各論特集@京都」を受講されたてんこさんから、感想の文章をいただきました。
きちんとWordにまとめてくださっているので、そのまま記事にさせていただきます。
<てんこさんのご感想より>
先日は、陰陽落とし込み講座・各論特集に参加させていただきありがとうございました。
実際の生活に沿ったお話で納得!の連続でした。
私は、人はなぜ陰陽バランスのとれた赤ちゃん時代を忘れてしまうのか?と質問させていただきました。
陰陽バランスが崩れる(変化する)ことはゆらぎの世界で生きる上では必然であると教えていただきました。
人間は生きる事で酸化し続けているという中川さんのお話もありました。
美風さんと中川さんのお話を伺い、人が死に向かって生き続けていることを忘れてはいけないという思いを強くしました。
最近医療を否定する主旨の本をよく見かけるようになり、これが元で不安が増幅している方がいます。
私は読んだ事がありませんが、病院に行くと結果が悪くなる(例えば抗がん剤を投与すると返って予後が悪くなる)という内容のようです。
そういった本を読んで、医療行為に不安を感じる人がいます。
そのような方の多くは、病院にまったくかからないことも不安に思います。
病院に行くのも行かないのも不安。(なんと陰性なことか〜)
でも、病院に掛からない方がいいとう意見の通りにしてみても、病気が勝手に治るわけでも不死身になるわけでもありません。
考えてみると、どんな道を進んでもいずれ人生が終わるという点では同じです。
その点で、病院に掛かるのも掛からないのもどちらも正解とは言えないのではないかと思うのです。
例えば、CTという画像検査がありますが、放射線被爆のリスクがあります。
しかしお腹の中で起きていることやがん患者さんの転移の有無などが分かり、有用な面もあります。
むやみにどんな患者さんにもCT検査を行うとしたら問題ですが、何か症状がある方や他の検査で癌の転移が疑われる方の精密検査として行うなら有害な検査とは言えない、と私は考えています。
一方で、癌が再発しても積極的な治療をするつもりがない方には、再発を発見する目的での検査は必要ないという考えには共感できますので、そのような方には望まない検査はしません。
しかし中には、CTの被爆は怖いし、検査をしないで再発・転移の発見が遅れるのも怖いとウロウロしている方がいます。
ウロウロ心配しているうちに確実に1日分死に近づきます。
CT検査をしようとしまいと、死に向かっている事には変わりありません。
何もかも不安に思う人は、どこかに正解があってそれが見つからないのが不安であるように見えます。
どちらかに進んだら、全てが上手くいくような回答があって、そちらに進みたいと思っているのではないでしょうか。
そんな正解なんてないのです。
どちらに進んでも何らかのリスクは必ず背負わなくてはいけません。
でもそれは絶望ではなくて、そんな中でも人は生を充実させたり成長したりできるという希望と共にあるのだと思います。
中川さんがブログのコメントのお返事に、人間なんて『産膜酵母』みたいなもの、と書いて下さったことがありました。
宇宙の中の自分、長い歴史のなかの自分を俯瞰すれば、その不安なんて『ちっちゃいな〜』って簡単に笑い飛ばせそうですよね。
今回お話を伺って、どうせ人は死ぬんだよ!と投げやりになるのではなく、どんな状況でも『今』を充実させる事が生きる意味なのだと理解して、確実に終わりに向かっている有限な生を大切にしたい、そうできる人になりたいと思いました。
これからもひとつでも多く、無駄なく、美風さんと中川さんから受け取れるよう頑張ります。
濃厚な1日をありがとうございました。
<マクロ美風より>
私がまだ20歳のころ、知り合いの詩人にお子さんが生まれました。
「おめでとうございます」と言葉をかけましたら、意外な言葉が返って来てとても印象に残っています。
「生と同時に死を与えてしまって、実のところ複雑な心境なんだ」とおっしゃったのです。
もちろん彼はマクロビオティックの陰陽を踏まえて発したわけではありませんが、「命」というものを考えるとまさに「生まれた時から死に向かってカウントダウンしていることになります。
詩人ですから、宇宙規模で物事を考えているとそうなってしまうのでしょう。
ですから私は20歳のときからずっと「死に向かって生きている」と意識していました。
それは人生にタイムリミットを設ける意味で非常に有意義な思考になりましたが、マクロビオティックの陰陽で物事を考える時に、まさに核心はこれだと感動しました。
日々私たちは死(陰)に向かって生きよう(陽)として、その陰陽バランスを取ろうとするのが人生だと思うと、なんだか滑稽な感じがするくらい人生が愉しく思えて来ます。
マクロビオティックを知らないで生きることと、マクロビオティックを知って生きることの違いは、こんな点でも歴然とすることでしょう。
ですから私はマクロビオティックに惚れているのですが、この講座でそんなことを共有できて嬉しく思っています。
いつも専門的立場からのご感想をお寄せいただき、たくさん学ばせていただいております。
ありがとうございました。
(マクロ美風の陰陽落とし込み講座 京都会場より)