【8月15日】
この国にとって8月15日は特別な日ですが、私にとっても特別な日なのです。
それは大好きな父が、黙祷を捧げながら必ず涙するからです。
父は満州からシベリアに連れて行かれ、昭和23年に帰国するまで、通算13年間の軍隊および捕虜生活を経験しています。
しかし、その経験を子どもたちの前で話すことは一切ありませんでした。
その父が、8月15日の正午になると、堪えていたものに絶えきれなくなるように涙を流すのです。
きっと死んでいった戦友たちのことを想っているのでしょう。
いや、もっと複雑な想いだったのかもしれませんが、本当の気持ちはわかりません。
【もう一つの涙】
そんな父の涙が、8月15日以外に1回だけありました。
それは私が成人になった日のこと。
成人式から帰宅して、着物を脱ごうとしたら、母から「待って!」と言われました。
父に着物姿を見せたいと言うのです。
外にでかけていた父は、母からの連絡で大急ぎで帰宅しました。
玄関の引き戸を開ける父の気配がしたかと思うと、急ぎ足で部屋に来てくれました。
そして、私の着物姿を見て涙をこぼしたのです。
それは8月15日の涙とはちがって、優しい愛に満ち溢れた涙でした。
「やっとおまえも成人になったか」。
寡黙な父はその一言しか口にしませんでしたが、その一言に私も泣き、母も泣きました。
「男のくせに泣くなんて」と母は言いながら、人生でたった一度だけ、3人で泣きました。
今も泣きながらこの記事を書いています。
一生忘れられない父の涙です。