投稿者「マクロ美風」のアーカイブ

京都の通り名を覚える歌

京都市の地図を初めて買いました。
観光マップではなく、ごく標準的な地図です。

京都市の地図

 
 

京都の中心街は碁盤の目で東西南北がはっきりしていても、私には辻の言い方が分からないのです。
交差点の名前がすぐ言えるようになるには、まず通り名を覚えなくてはならないため、地図を買ったのでした。
京都の通り名を覚えるわらべ歌もあるそうで、一度タクシーの運転手さんに聴かせてもらったことがあります。
タクシーに乗って目的地を告げるには「◯◯町△番地」というより、たとえばむそう塾のある交差点なら「川端仁王門」(かわばたにおうもん)と言った方が運転手さんにはすぐ分かるのです。
タクシーの運転手さんもこのわらべ歌で覚えるのだそうです。

何やら法則があるそうで、これがよそ者には厄介ですが、誠に合理的に出来ていて、行きたい場所の特定にはなかなか便利だなと思うようになりました。

<南北の通りに面した場所の特定には>
「上る」(あがる) 「下る」(さがる)
<東西の通りに面した場所の特定には>
「東入」(ひがしいる) 「西入」(にしいる)

なお、昔は御所に向かって行くことを「上る」と言ったけれど、今は御所より北(御所を通り過ぎる)であっても「上る」と言っているとタクシーの運転手さんが話していました。

こんなわけで、私の京都暮らしは通り名を覚えることから始まりそうです。
さて、今日はこれから東京へ家具選びに出かけます。
雨ですが・・・。

 
 
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家具選びあれこれ

京都に部屋を借りるにあたって家具選びが伴うのですが、今の私はまるで家事アドバイスを受けてくださった塾生さんのように、家具屋さんやショールームやデパート巡りをしています。
万歩計をつけていたら何万歩になるのだろうと思うくらい歩くのですが、それもまた楽しいです。
家具というのは機能性だけでなく、質感も大事な要素になるので、選定がとても難しいものです。

今回家具選びをしていて感じたのは、質の良い家具がとても少なくなったことと、お値段の落差が激しすぎることですね。
私はまず質感から入って行きますので、最終的にはオーダーになることが多いのですが、昔のように家具選びの自由度があったのは古き良き時代の話です。
ちなみに私が自宅で使っている家具の材質は、もう入手が少なくて「100年待ってください」と言われてしまいました。
樹を切りすぎて生育が間に合わないのだそうです。
そんな状態ですから、自宅に帰ってみるとなお一層家具を大事にしようと思えたのはいうまでもありません。

樹というのは人間より寿命が長いものが多いので、そこには相当なエネルギーを内在しています。
マクロビオティックを知る者としては、やはりエネルギーの問題は避けられないので、氣のある物とない物では、絶対氣のある物に軍配が上がります。
肘付き椅子ならアーム部分、机やテーブルなら天板部分に直接手が触れるので、その部分の材質は吟味が必要です。
そんな目で見ていると、北欧家具には良質の物が多いですね。
中にはエクスタシーを感じてしまうほどのデザインや質感を持つものもあります。
指の腹でアーチ部分をやさしく撫でると、まるで女性の体に触れているようで、とろけるような快感が伝わって来ます。
(まるで私が男性のような表現ですが、本当にそんな感じになるのです。)

家具には作り方によってそれほどの魅力が含まれているので、いかにその樹の魅力を引き出してあげられるかが家具職人の腕なのだと思います。
よくデザイナーものの家具がありますが、デザインが優先されていて樹の良さが今一つ発揮できていない時には残念な気持ちになります。
樹の本当の個性(癖を含む)まで見抜けないと、デザインだけが一人歩きすることになります。
そういう家具は耐久性の面で樹の持つ力を全部発揮出来ないことになりますね。
一番良いのは「樹の特質を見抜ける眼力を持った腕の良い人が作った家具」ということになります。

私が死んでも家具は残ります。
子供が使いたいと思えば使えます。
ですからヨーロッパでは古い家具や絨毯が大事に世代を越えて受け継がれて行きますし、古い家具がデパートにも並んでいるほどです。
そんな家具ですが、このご時世ではご多分にもれず中国製も多く出回っています。
今すぐ使いたいと思えば、中国製家具がその需要に応えてくれるでしょう。
値段も安価です。
国産品はかなり時間がかかることを覚悟しなければなりません。
3〜4週間は当たり前、場合によっては2か月待ちなんてことにもなります。

ま、そんな感じで家具選びをしているとお金が足りなくなるので、自分のお財布と相談して妥協点を探すのですが、これがまた一苦労です(泣)

 
 

京都 宝泉

 
 

(京都 宝泉にて)

 
 
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京都 祇園会 四条河原町

京都 祇園祭 四条河原町

 
 

(京都 祇園会 四条河原町)

 
 

7月に入ると京都の街中には祇園会(ぎおんえ)の赤い提灯が灯ります。
8年も京都通いをしていると、よそ者の私でも「ああ、今年も祇園会の季節だなあ」と特別な気持ちになります。
そしてこの季節になると、鴨川沿いには納涼床が立ち並んでいます。
むそう塾は鴨川のすぐそばなので、塾生さんたちも京都に通いながら情緒豊かな京都の風情を楽しんでいることでしょう。

写真は高島屋京都店のある四条河原町の交差点です。
山鉾巡行が始まって一番最初に辻回し(左折)をする大事な交差点だと教えてもらいました。
この巡行は左折しかしないそうです。(ロの字に回るため)
左折、左回り、陽性。
マクロビオティックを知っていると、すぐ左・右の言葉に陰陽で反応してしまう癖がついているので、この祇園会も陰陽で考えると面白いかも知れません。

 
 
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忙しいから、不満があるからこそ、丁寧にだしを取ってみましょう

むそう塾に来られる塾生さんを見ていて思うことがあります。
それは本当に美味しいものを口にされた時の表情のなんと素晴らしいことか!
もう恍惚として、まるでセックスの頂点を楽しんでいるかのような表情をされます。
開放感に浸って、心から満足している感じがビシビシ伝わって来ます。
本物がもつ力ですね。

では本物って何でしょうね。
人それぞれ価値観が異なるように、その人にとっての本物って少しずつ違うかもしれません。
私にとっての本物は、「その物の存在までにどれだけの氣が込められているか」が影響しています。
たとえば机でも椅子でも、お出汁でもお漬物でも、お洋服でもバッグでも、人間そのものでも「生きた氣」を感じたものを本物として間違いないように思います。

一つの例をあげます。
お料理の世界は端折ろうと思えば限りなく端折れます。
でも、手をかけようと思えばこれまた限りなく手をかけられます。
しかし、手をかけ過ぎても端折りすぎても生きた氣を感じません。
素敵な人って颯爽とした美しさがありますよね。
それは見かけだけではなく、内面からにじみ出る氣の勢いに鮮度を感じるからです。
疲れすぎたり、思考が停滞していると、それは氣として外部にも出ていきます。
それと同じことがお料理でもあるのです。

ですから、端折りすぎたお料理には満足感がありません。
代表的なものがインスタント的なお料理です。
忙しい人には便利と思える食品が次から次と登場しますが、そのような物ばかりでお料理を作り続けていると、いつしか不満が募って来ます。
反対に時間のある人が念入りにじっくり時間をかけすぎたお料理ばかりも重すぎて負担に感じられます。
それでも美味しければ良いのですが、美味しくなければ最悪です。

たとえば出汁ですが、今ではこの文字すら「だし」と読めない人がいます。
もっとビックリしたのは、「だしってなんですか?」と聞かれた時でした。
ああ、この人は出汁に無縁なお料理で育ってきたんだなあと思いました。
それはその人の責任ではありませんが、そんな時代になってしまったことを哀しく思ったものです。
このお出汁は今では顆粒のもの、液状のもの、濃縮タイプのものなど色々売っていますが、自分でお料理に合わせて取ったお出汁が一番美味しいし、心身ともに落ち着くのを感じます。
それはそこに「氣」が存在するからですね。

むそう塾では色々なタイプのお出汁を教えています。
毎日のお味噌汁はもちろんのこと、煮物や麺料理に至るまで細かく微調整して、お料理の美味しさを引き出すためのお出汁をあれこれ伝授していますので、塾生さんの冷蔵庫にはいつも何種類かのお出汁がストックされています。
それをすぐ使うことが出来るので、塾生さんはインスタントのお出汁に手を出さなくても十分に手早くお料理が出来ます。

<一流料亭と同等以上のお味だけれど作り方は簡単に!>
これがむそう塾基準なので、ストックされているお出汁はどれも凄く美味しいものばかりです。
良い氣をもったものに囲まれて、ご機嫌にお料理をすれば美味しく出来上がるように設計されたメニューの数々がむそう塾生のキッチンの強みですね。
不思議なもので、そんな生活を続けていると、少しずつ心身の安定感が増して来ます。
最初は不調と不安の問屋さんみたいだった人が、徐々に体調の改善とともに精神面でも安定してくる例が多くなります。

手軽なものばかりに手を出していると、それに見合った氣が入って来ますので、いつまでたっても不満が改善されません。
でも、見せかけの手軽さを回避して、本物の持つ深い呼吸の氣に接していると、いつしか自分の思考の深さが変わって来て、体調も改善されるようになります。
食べたものが心身に影響することを頭では分かっていても、現実面として技術をもっていないと、人は安易な方に流れるものです。

頭だけでマクロビオティックをしていて、技術を伴わないと悲しい結果になります。
むそう塾は実現可能なマクロビオティックを目指して、徹底的にお料理の技術を教えています。
その技術がひいては健康や良好な人間関係を生み出しています。
多くの塾生さんが体験してくれて、熱くお料理と向き合ってくださることに、私はとても良い氣のプレゼントをいただいています。
塾生の皆さんには感謝しかありません。

むそう塾で一番熱い集団がOBENTERS(毎朝お弁当を作って塾長である中川善博に添削してもらうTwitter上の投稿)です。
なかなか真似のできることではありません。
彼女・彼たちのお弁当を見るだけでも、その氣の凄さを感じていただけると思います。
こちらからお弁当投稿の記事をご覧いただけます。)
彼女や彼たちは、出汁の効果を実感した人たちばかりです。
液体は点滴のように細胞に染み渡りますから、出汁やスープは良質のものを用意しましょう。
それは美味しいだけでなく、心身の健康と安定のための第一歩になります。
ぜひ良い氣のものを!

 
 

マクロビオティック料理教室 むそう塾 万願寺とうがらしと黒毛和牛の美山炒め

 
 

(万願寺とうがらしと黒毛和牛の美山炒め 料理:京料理人  中川善博)

 
 
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2015年度 桂むき投稿回数

昨日の21:00で2015年度の桂剥き投稿が終わりました。
ご参考までに桂剥き投稿の回数を記事にしておきます。
無闇に数をこなすことが上達の秘訣ではないのですが、正しい練習方法で回数をこなすことは上達に欠かせません。
1か月間頑張ったつもりでも結果を出せなかった人は、前段階である包丁砥ぎでつまずいている人が多かったですね。
正確に用意された道具と正しい練習法、その両方をお渡ししていますので、後はご本人のやる気と時間の使い方の問題になります。
ここで終わった終わったと放り出すのではなく、ここをスタートとしてこれからも頑張ってください。
桂剥きも包丁砥ぎも秘伝コースのレベルだって試行錯誤しながら練習しているのですから、それだけ難易度の高い内容なんです。
すぐ出来なくて当たり前です。
でも、難易度が高い分だけ闘志に火がつきませんか?
諦めずにこれからも頑張ってください。
地道な練習は必ず実を結ぶ時が来ます。

 
 

<2015年度  桂剥きの投稿回数>

1 37-5さん 22回(内  大根21回 Air1回 包丁0回)
2 78-3さん 19回(内  大根13回 Air2回 包丁4回)
3 83-1さん 31回(内  大根23回 Air2回 包丁6回)
4 84-3さん 27回(内  大根21回 Air4回 包丁2回)
5 84-2さん 28回(内  大根24回 Air0回 包丁4回)
6 85-2さん 15回(内  大根13回 Air2回 包丁0回)
7 64-5さん 25回(内  大根18回 Air5回 包丁2回)
8 86-2さん 16回(内  大根16回 Air0回 包丁0回)

ちなみに、昨年の投稿回数はこんな感じでした。

 
 

<2015年度 桂剥き・Air桂剥き・包丁砥ぎ投稿回数内訳>
スクリーンショット 2015-07-05 8.54.26
桂剥き投稿回数 マクロビオティック料理教室 むそう塾

 
 

(表作成 スタッフ:麗可さん)

 
 
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