他者の命をいただき過ぎない生き方がマクロビオティック

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(牛頬肉の朴葉焼き;小松庵 高島屋新宿店13F)

先日のお蕎麦屋さんで息子が頼んだ一品です。
アルミ箔の下には熱源があって、それが朴葉の上の朴葉味噌とお肉を冷めないようにしています。
朴葉焼きって飛騨地方の郷土料理ですが、こうしてお蕎麦屋さんで眺めていても味わいがあって良いものです。
朴葉の殺菌作用を利用したお料理は沢山ありますが、この場合は器として朴葉を使っています。

マクロビオテッィクの陰陽で考えても、味噌と葱がお肉の消化を助けて理想的ですね。
本当はお酒をいただく人のための一品でしょうが、息子がお肉を食べたいというので注文しました。
若者にはお肉を食べたい時があるものなんですよね。
そんな時には出来るだけ上質のお肉を少量にしましょう。

自分が穏やかに生きるためには、他者の命をいただき過ぎないことが大事です。
他者の命とは動物性・植物性を問いません。
出来るだけ少ない殺生で自分が生きられるようにすることが、本当のマクロビオテッィクの生き方です。
ですから、貪るように食べたり、グルメに走ったりするのはマクロビオテッィクの生き方とは言いません。
いっぱい殺生をしておいて、自分だけ長生きしたい、健康でいたいなんて身勝手というものです。

自分の命を保つために最低限の量を感謝していただく。
このことを忘れてしまうと、精神的にも肉体的にも醜くなります。
きちんとメリハリをつけて暮らすこと。
そのメリハリとは即ち陰陽ということになります。
日常と非日常のけじめをつけて、毎日ご馳走を並べるというより、氣の通ったお料理を少量いただきたいものです。
陰陽のある暮らし方を中心軸に据えて、心穏やかな日々を重ねたいですね。

 

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コメント

  1. てんこ より:

    美風さん、こんにちは。

    この記事の題に感動、内容を読んでまたまた感動しました。
    マクロビオティックの真髄が凝縮されていますね。

    我が子もたまにお肉のメニューがあると、小躍りして喜びます。
    その姿をみると、動物性食品を頂く事が悪い事とは思えません。
    こんなに喜んで美味しく頂いたら、良いエネルギーになってくれるはず。
    でも、質や頂き方には気を配っています。
    子供も食べ過ぎないように気をつけている様子です。

    自分の命を大切に生かすために、他の命も大切にする。
    いつでもバランスですね。

    元気が出る記事をありがとうございます!

    • マクロ美風 より:

      てんこさん、おはようございます。

      原則として食べ物に良し悪しはありませんが、消化吸収の過程で体に負担になるならないの区別はありますね。
      健康な人はあまりそれを気にしなくても大丈夫なのですが、病気を治そうと思っているときには、早く快復させるさせるために食べ物の負担を減らしてあげるのが食養の食べ方だと思います。

      お子さんは当然のことながら、これから味の社会性を身につけていかれる時なので、どのような食べ物でも体験させてあげたいですよね。
      好きな食べ物で子供が喜ぶ姿って本当に可愛いです。
      動物性を摂るときには「食べ方」を繰り返し言うようにしていると、刷り込み効果で脳裏に焼きつくみたいです(笑)
      人は何のために食べるのか?
      食べるための哲学を教えてあげられたら、子育てとしては成功ではないでしょうか。

      >自分の命を大切に生かすために、他の命も大切にする。
      >いつでもバランスですね。

      そうなんです。
      このバランスを崩すことが巷には多すぎますので、マクロビオテッィクの視点を持っていたらいいのになぁと思ってこの記事を書きました。

  2. Na より:

    新年度になってからの忙しい日々でしたが、この記事を読んで改めて毎日の食卓について考えることができました。

    一時期控えめにしていたお肉もお魚も現在は普通に食卓に出しているのですが、命に感謝して美味しく頂くことができているか、振り返ってみたいと思います。

    食べすぎず、感謝して頂く。

    忙しいときこそのマクロビオティックだな、と、帰宅途中の今ふと思いました。

    • マクロ美風 より:

      Naさん、おはようございます。
      むそう塾にはNaさんがたくさんおられますので、塾生番号もお書きいただければ記事を読んでくださる方と共有できるのでありがたいです。
      メアドを検索して67−5のNaさんだと判明しました。

      マクロビオテッィクの初心者にありがちな動物性排除の生活からは少し前進されたようですね。
      でもね、感謝の気持ちを持っていないと空腹を満たすだけの行為となってしまいます。
      そしてその空腹感はその時の感情に左右されやすくなって、陰陽のバランスを失って行きます。
      ですから、他者の命をいただくことをしっかり認識していないと、つい食べ過ぎにつながってしまいます。
      その食べ過ぎが諸悪の根源であることを知りつつも・・・。

      >忙しいときこそのマクロビオティックだな、と、帰宅途中の今ふと思いました。

      単純に品数だけ減らすことがマクロビオテッィクだと思わないでくださいね。
      そうでないと不満が出てきますから。
      少ないことを喜べる食の哲学の理解が必要です。
      その上でマクロビオテッィクのシンプルさを「忙しいときこそのマクロビオテッィク」と表現くださっているのでしたら安心です。

  3. もかもか より:

    美風さんこんばんは。

    命=時間 だというのを目にしたことがあります。
    私達は、口から食べ物として「命」を頂いて、
    また、色んな人や物の「時間」を頂きながら生きているのだと記事を拝見して思いました。

    他者の命が口に入るまでに、その命に関わった人や物の時間
    会った・関わった人が私にかけてくれた時間

    数え上げればキリがないほど、たくさんの命によって、自分が生きている今のこの「命」があるのですね。

    掃除をしていて、なんて無駄な買い物をしてきたんだろうと思いました。
    今そこから一歩進んで、捨てることになった物を作り出すためにかけられた命や時間、購入費用を稼ぐために働いた時間、賃金を生み出す源になった(私の場合)患者さんのお金や保険料などに、思いが巡っています。

    「他者の命をいただき過ぎない生活」
    いつも、大切なお話を記事にしてくださってありがとうございます。

    • マクロ美風 より:

      もかもかさん、おはようございます。

      >数え上げればキリがないほど、たくさんの命によって、自分が生きている今のこの「命」があるのですね。

      そうなんです!
      自分は一人で生きているように思っていても、実は多くの命によって生かされているのです。
      そのことを忘れると歯車が狂ってくると思います。

      「ちょうど良い」
      これが生き方の目安だと思います。
      お洋服の寸法が自分にピッタリ合っている時が一番美しく見えるのと同じように、生き方も自分にピッタリ合っていないと美しくありません。
      その美しさは「他者の命をいただき過ぎない生活」に他なりません。

      >掃除をしていて、なんて無駄な買い物をしてきたんだろうと思いました。

      過去にはそれを購入したい心理状態だったのでしょうが、今はその時から時間も経過して心理面にも変化が出てきたと思います。
      そうしたら成長した「今」の自分に合わせてあげることが、「暮らしの寸法」なのです。
      そのために持ち物の見直しがあるのだとご理解いただけたら、お片づけも楽しくなりませんか?
      GWの後半、お掃除とお片づけを頑張ってください。

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