京料理人中川善博の器用な手 手の想い出

【掃除機の部品】

あれは確か10年ほど前だったように思う。
中川さんが掃除機が壊れたというので、てっきり買い換えるものだと思っていた。

ある日、中川さんの家に到着すると、嬉しそうに中川さんが「これ見て」と言う。
??
古い掃除機だけど、これがなにか?

私の不思議そうな顔を見て、中川さんがおもむろにスイッチを入れた。
ウィーン!と掃除機がゴミを吸い始めた。

私「あれ? 掃除機、壊れたんじゃなかったっけ?」
中川「うん、壊れたけど直した。」
私「でも、部品がもうないって言ってたのに?」
中川「うん。だから作った。」

ビックリ!
それからしばらくの期間、掃除機は何事もなかったかのように働いていた。

 
 

【器用さ】

中川さんは本当に器用だ。
お料理をしているとき、いつも感心することがあって、それは手先の器用さが瞬時に活かされることがしょっちゅうあるからだ。

ぷっくりした赤ちゃんの手をイメージしてしまうほど丸みのある手なのだが、これが実によく働く。
塾生さんからは「クリームパンの手」と呼ばれて、手まで美味しそうなのである(笑)

 
 

 
 

 
 

【荷造り】

ある日、塾生さんが教室で買った道具を持って帰ることになった。
重いので宅急便で送ろうかと思ったが、一刻も早く復習したいということなので、中川さんが荷造りをしてくれた。

チャチャチャっと麻ひもでダンボールを結わえて、「はい、出来上がり!」と言った時に、「わー!」と歓声が。
ちゃんと持ち手がついているのである。
「さすが!」

よくあるプラスチックの持ち手は、角が痛いことがある。
でも、この持ち手は手にしっくりして柔らかいから全然痛くない。
塾生さんは自宅に帰るまで、まったく痛くなかったそうだ。

 
 

 
 

【手の想い出】

私の父も母も手が大きくて指が太かった。
二人共とても器用で、その手からたくさんの物が生み出されていった。
母はお料理や和裁・編み物を好み、95歳で亡くなる直前まで手を動かしていた。

父は仕事で使う道具の手入れを丁寧にし、研いだり磨いたりする姿が目に焼き付いている。
鋸(のこ)の目立てができない近所の人がよくやって来ていた。
そんな父の手を見ていて感心したので、小学生の私が詩を書いたら、NHKのコンクールで入選して記念品をもらった。

両親を亡くして思うのは、案外手の動きや、何かをしているときの動作や格好をよく憶えていることである。
こうして人は大事なことを子孫に残して行くのかもしれない。

私はどうやら手に氣が行くタイプのようだ。
だから、教室でも中川さんの手の動きを感心しながら眺めている。

もしかしたら塾生さんも、目を閉じれば中川さんの手元をいっぱい思い出すかもしれない。
その光景は、仮に中川さんが亡くなったとしても、みんなの目に焼き付いて残っているだろう。
なんと幸せなことだろうか。

人は顔だけでなく、手も想い出になりうるのだと思う。

 
 


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