<マクロビオティックの基本理念 桜沢如一>
生態学である。
大気や土壌は作物を生み出し成長させ、その作物は動物に食べられ、血液、細胞、組織、器官となるもので、人間は土や植物の変化したものである。人間は生物の中で最も自由と適応能力を持つものであるから、あらゆる環境に添うことが大切である。
生命の経済学である。
人は大きな収益を得るために自然生活の基本を破り、不自然な農作法や添加物、合成製品を無限に生み出し利便さのみに追われている。生命の経済点から見れば、大切なことは、自然農法をおこない生活上のあらゆる資源はもとの大地に還元できるものが最も経済的なのである。
陰陽の原理である。
これは人生行路の羅針盤・コンパスであり実用的な道具である。無限宇宙の世界における私達の位置を定めてくれる。精神(陰)に作用する食物や環境の適、不敵を判別させて健康と幸福の道案内をしてくれるものである。
生活の芸術である。
知識をかき集めるのが科学であり、実験とデータとの証明の積み重ねである。マクロビオティックの原点は、常に変化(易)を続ける現象世界に巧みに適応して、宇宙の秩序に従って生きることである。一瞬たりとも停止しているものはこの世にはなく、常に他との共存共栄の条件のもとで微妙に動き続け変化しているのである。顕微鏡下にあるものは、停止、あるいは他との関連をすでに断たれている現象である。撮影や検査も変化中の一部分である。従って一度の結果数値にいつまでもこだわり、同じ薬を連用するのはおかしい。人間そのものが肉体、精神的にも人生という絵を描き続けている芸術家のようなものである。人まねではなく自らの実行と確かめ、楽しみながら面白おかしく生きていけば良いのである。
感謝を知るものである。
人は他人に与えたことはいつまでも忘れずに恩を着せたりするが、人様から与えられたことは忘れがちである。私達は誕生以来、空気、太陽の光、水や風をずっとタダで与えられ、一度だって天は請求をしない。しかしその恵みにお礼を言わずとも、なお生かし遊ばせてくれる。私達は宇宙の無限の慈愛と慈悲と寛大さを忘れている。
一粒の米や一切れのパンにも感謝して、それを表現出来る人間になろう。
苦痛も病気も人の不寛容さえも、感謝を持って受け入れることを学びとしよう。
健康でも不幸な人は大勢いる。鳥は一粒の米粒を大地に落として数千倍の実りをもたらし、魚は数十億の卵をお返ししている。これが自然の法則である。
命と人生を与えてくれた親や周囲の人々に感謝をすべきであり、東洋ではこれを知恩という。報恩とは尽きぬ幸せを限りなくばらまく喜びなのである。人はとかく己の感情に走って、愚痴、小言、怒り、立腹、暴力、蔑視、不遜の言葉や態度を知らぬ年月の間に繰返しているものである。
信を生み出すものである。
陰陽にかなった食事を始めると赤血球に変化が起こり、最初は体の好調さに喜ぶが、人によっては体調が悪化する場合もある。それは細胞間にある体液は変化しやすい流動的なものであるが、細胞そのものは旧態を維持しようとする力が強いからである。それは保守的な老人と柔軟で急進的青年との摩擦に似たようなもので、人はそのような時に疑いや迷いが生じるものである。しかし冷静に無限宇宙が生みだす創造のすべてを考えてみれば良いのである。
無限界の神の世界から陰陽の二つのエネルギーが生まれ、素粒子、元素、植物、動物となるスパイラルの中心にいるのが私達であり、連続的なつながりの中にいるのである。言いかえれば、闇の世界の無から、光、空気、水、穀物、野菜、海藻、豆類、木の実、魚類、果実、塩、動物の順序を認識して、これに準じて食事をすれば良いのである。また口の中にある歯の構造を考えれば、穀物を噛むための臼歯(二十本)、植物を噛む門歯(八本)、動物の肉を裂く犬歯(四本)の順に歯が定められているから、これに従って量は5・2・1を外さなければ良い。
確実な信念を持っていればうろたえたり、迷ったり途中で止めたりすることはあり得ない。本当の信仰とは主義や信条などではなく、宇宙にある見えない世界の無限界(陰)と、見える世界の有限界(陽)のつながりをはっきりと見定めて調和をとりながらすべてを受け入れ、深い慈悲の心を持って精神界に生きることである。
道楽である。
道は中国語でタオと言われ宇宙の秩序の意味である。道楽とは、いつでも、どこでも感謝しながら道を楽しむということ。道楽は趣味を意味することであるから、人生を趣味で生きれば成功も失敗もない。
「人生をあまり生真面目に考えないことである。なぜなら現実界での経験は夢のようなものであるから、人生におけるあなたの役割を楽しむことである。ただそれがあなたの役割であることを忘れないことである。」(パラマハンサ・ヨガナンダ)
徹底して楽しみ生きることが道楽である。あなたが誠の道楽者であれば何を食っていようと、そんなことは問題ではない。
<桜沢如一の遺産(上) ー陰陽を解明した男ー 256〜259Pより>
書名:桜沢如一の遺産(上)
著者:兎龍都(うだつ みやこ)
発行:アートヴィレッジ
定価:1,800円+税
美風さん
おはようございます。
マクロビオティックの本も数冊読み
美風さんのお話も1年間お聞きしましたが
未だに「陰陽」が今一分からない私です。(^^;)
でも!
上の記事読んで分かったことがあります。(^^)
桜沢先生
>道楽とは、いつでも、どこでも感謝しながら道を楽しむということ。
フフフ、「感謝」と「道楽」なら私の得意分野です。(笑)
>あなたが誠の道楽者であれば何を食っていようと、そんなことは問題ではない。
15年ほど前に読んだ「魔法のメガネ」の中のこの一文だけは(都合よく?)
今でもしっかりと覚えています。(笑)
そして「感謝」と「道楽」をキーワードに余生を今以上に楽しみたいと思います。^^
頭の中を整理してくださって、ありがとうございました!
Kaguyahimeさん、こんにちは。
う〜ん、少し不安を感じます。
何しろ、過去にこのような著しい勘違いをされているあなたなので、今回も似たような臭いがするのです。
http://musojuku.jp/bifu-blog/?p=46278
http://musojuku.jp/bifu-blog/?p=46278#comment-108274
文字の上っ面だけで判断しないでくださいよ。
桜沢先生の文章は文字だけなぞって解釈すると、思わぬ落とし穴にはまります。
そしてそして、何よりも心配なのは、下記の文章を自分の都合の良いように解釈してしまうことです。
>あなたが誠の道楽者であれば何を食っていようと、そんなことは問題ではない。
ここでのポイントは、「誠の道楽者」ということであり、「何を食っていようと」ではないことだけははっきりとご理解くださいね。
くれぐれも宇宙の秩序に添っていなければ真の道楽者たりえないことが大前提になっていることをお忘れなく。
美風さん
こんにちは!
あわわわ・・・
す、す、凄いリサーチ力ですね~!?(@@)
恥ずかしながら、ご指摘の記事は初期の私の勘違いでしたね。(笑)
でも今回私が言いたかったことは
「陰陽」とか難しいことは分からないけれど
「感謝」と「道楽」をキーワードに生きて行くことなら
お馬鹿な私にもできそうだと言うことでした。^^
このことに気付かせて下さってありがとうございます!
と言いたくなったのです。^^
相変わらず「心配の種」で申し訳ございません。^^;
でも、授業で「健康の7大条件」の中の「嘘をつかない」の点数が
55点もありびっくり仰天したのですが、まず私は嘘つきませんし
怒りませんし、即断ですし・・・そもそもが保身のために生きていないので
多分、きっと、おそらく、大丈夫だろうと思います。(^_-)
お手数をおかけ致しました!
Kaguyahimeさん、こんばんは。
そりゃあ自分のブログですもの、何を書いてどんなコメントをいただいたか、忘れるはずがないじゃないですか(笑)
特にビックリするコメントは一生忘れません(^^)
「嘘をつかない」の真の意味も世間一般に言われている「嘘」とは違って、「正義」(宇宙の秩序)に対して嘘をつかないというとらえ方です。
ここは誤解している人がとても多いので、しっかりとマスターなさってください。
美風さん
こんばんは!
>特にビックリするコメントは一生忘れません(^^)
アチャ~!!(><)
>ここは誤解している人がとても多いので、しっかりとマスターなさってください。
はい、仮に人は騙せても
「お天道さま」は騙せないなと思い
嘘つかないようにしています。^^
Kaguyahimeさん、おはようございます。
マクロビオティックでも最も難しい部分ですから、きちんと理解してくださいね。
よろしくお願いします。
美風さん
こんばんは!
>「何を食っていようと」ではないこと
>だけははっきりとご理解くださいね。
はい、これは大丈夫です。(笑)
「健康の7大条件」のほとんどが「嘘をつかない」等々精神的なことだと知った時は、じぇじぇじぇじぇ!!でしたが
その時「マクロビオティックは『食べ方』の問題ではなくて、『生き方』の問題だ。」と言われている意味が私なりにですがとても腑に落ちました!
勿論まだまだ浅い理解ですが
1年間の座学では「陰陽理論」は落ちこぼれ組でしたが(笑)
大事なことを学ばせて頂いたように思います。^^
本当にありがとうございました!
さて、「感謝」と「道楽」~~♪
あ、私の「糠床道楽」(?)もやっと花が咲きそうです~^^
美風さん、こんにちは。
記事の文章は陰陽のエネルギーで世界はどんな風になりたっているのか説明されていて、とても分かりやすかったです。
コメントしたい部分はいろいろありますが、中でも、『道楽である』の部分。
いつでも、どこでも道を楽しむということ。
これはどんな状況でも楽しんでしまうということかなと受け取りました。
つまり周囲から見たら困難な状況をも楽しんでしまう、ということでしょうか。
楽しいことだけを選ぶのではなく、全てを楽しんでしまう。
これができたら本当に究極だな、と思います。
それから、kaguyahimeさんへのコメントから判断力の7段階を改めて確認させていただきました。
<最高判断力>:大いなる喜びをもって何でも食べる、というのは食事を食べるという意味に留まらず、環境を食べる=全てを受け入れるという意味にも解釈できるように思いました。
『道楽である』(いつでもどこでも楽しむ)ともつながって、宇宙の深い懐のようなものを感じました。
>あなたが誠の道楽者であれば何を食っていようと、そんなことは問題ではない。
食事は大切だけれども、環境の方が影響が大きいというお話とも繋がりますね。
どうせ生きるなら誠の道楽者になりたいです。
てんこさん、こんばんは。
そうですね。
道楽の解釈は一般的な解釈とは異なるので、大枠ではそんな受けとめ方でもOKです。
仕事についていうなら、仕事をも道楽にしてしまうという感じです。
ですからそこにはお金のためとか、義務的にとか、いやいやとかいう感じはないのです。
私も人生の最期に、「ああ楽しい道楽だった」と言って死にたいと思います。
私の恩師も道楽の中に生きておられた人で、美学がありました。
てんこさん
こんばんは!
>つまり周囲から見たら困難な状況をも楽しんでしまう、ということでし>ょうか。楽しいことだけを選ぶのではなく、全てを楽しんでしまう。
そ、そ、そう~!!
こうありたいものです。(^_-)
お互い「誠の道楽者」目指しましょう~^^
美風さん
こんばんは。
>苦痛も病気も人の不寛容さえも、感謝を持って受け入れることを学びとしよう。
どうしても、こういう文章に目がとまってしまいます。
“感謝”を持って受け入れる陽性さをまだ自分には足りていないように感じますが、“苦痛、病気、人の不寛容”から、沢山の学びがあった事には感謝しておりますし、私の財産になりました。
どうお返ししていいものかと、思うこともあります。
宇宙、自然界から感謝すること、
生かされていることへの感謝。
いつも良い方向へ視野を広げて下さって有難うございます。
>徹底して楽しみ生きること
私もそうありたい、と思います。
好さん、おはようございます。
>どうお返ししていいものかと、思うこともあります。
好さんがニコニコとお元気でいらっしゃればそれでいいんですよ。
元気というのはね、体だけを指すのではなく、心が元気であることが重要です。
一般的には肉体がピンピンと健康な状態を指すように思われがちですが、「元の氣」ですから「氣」のことを指します。
好さんの「氣」(精神)が上向きであれば良いのですよ。
ですから、仮に不治の病を抱えた人でも元気な人になれるのです。
美風さん、
「元氣」の意味を始めて正しく知りました。
今年はむそう塾で学ばせて頂く機会もありますので、
「元氣」になれるように、
今までの自分よりうんと「元氣」になれるように、
気持ちの面をしっかりもっていきます。
そんな自分を…積み重ねて、
美風さん、みんなにお返ししたいです。
〉好さんがニコニコとお元気でいらっしゃればそれでいいんですよ。
この、言葉にとても…心が温かくなりました。
ありがとうございました。
好さん、おはようございます。
肉体に病名をもらったとしても、心は健康人です。
これを意識して生きましょうね。