灯り「家事アドバイス講座31」

昨日嬉しいメールが届きました。
先日ちょっと間取りについてアドバイスをさせていただいた方から、美味しい瑠璃茄子が漬かったというメールでした。
変更点は一つ。
糠床を置いてあるお部屋に氣を通しただけ。
その時のアドバイスは、お部屋に氣を通しましょう。
呼吸するお部屋にしましょう。
ただそれだけでした。
具体的には、リビングに隣接するそのお部屋の明かりをつけるだけ。
それだけでもそのお部屋の氣は変わるのです。
世は節電モード全開です。
私は京都への往復で毎週2回新幹線に乗りますが、東京駅だけでも凄く照明を落としています。
東京駅に降り立つと、日本の首都東京という感じがしません。
さびれかけた田舎の駅で、過去には栄えた街らしいという印象です。
いたずらに人が多いだけで、氣の高揚が感じられません。
不必要に照明をつける必要はありませんが、急に美観を損なう照明になってしまったしわ寄せが、活気をなくしているのは確かです。
昨日の午後2時半に大きな電器店に行きました。
吹き抜けでメチャクチャに広い階段は、照明がすべてついています。
西側はすべてガラスで、太陽がいっぱい入ってきます。
1階?4階のすべての階段にある照明は、昼行灯そのもので所在なげです。
その後デパ地下に行きました。
壁面の冷蔵棚はすべて電気が消され、商品名や説明書きが見難くてお年寄りが困っていました。
あの電器店の階段の照明何本かでこの陳列棚の照明はまかなえるのに。。。
この売場に妙な陰気臭さを感じてしまいます。
*  *  *
明かりは人の心に大きく影響します。
部屋の明かりはもとより、玄関灯や門灯も風水上では大きな意味を持っています。
お正月やお盆、そしてお祭りにも灯りはつきものです。
明かりは人の心に灯りを灯します。
幸せは明るいところにやって来ます。
家の中に幸せを呼び込みたいなら、メインになるお部屋は明るくしましょう。
ここで注意。
明るくするということは、照明で明るくするだけでなく、氣を送ってその場の明るさを維持する点もお忘れなく。
住まうということは、氣とともに暮らすことであり、氣の具現化でもあります。
ですから、大事な家に安っぽい氣を持ち込まない、作り出さないように生きて行きたいものです。


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コメント

  1. はいじ より:

    お部屋の灯りと氣の関わりについて記事にしていただきありがとうございました。

    古くから洋の東西を問わず人は灯りの元に集い、安らぎをおぼえるもの。
    お寺、神社、教会・・・。
    ぱっと頭に思いつくだけでも祭事や宗教的儀式の時、ろうそくや灯篭など必ず灯りをともしますし、普段遣いの蜀台やキャンドルスタンドやランプシェードなど照明器具に装飾を施すのは灯りを大切にする現れなのですね。

    今まで照明を落としていたお部屋に灯りをともしただけでそのお部屋に「人格」があったことがわかりました。
    それまで穴倉のように暗かった空間に灯りをつけるだけで、そのお部屋自身が開眼し文字通り光を放ちました。
    単なる照明による光ではない、まさしく「氣」の発する命の光です。

    夜にベランダからそのお部屋を見る時、キッチンからそのお部屋を見る時、リビングでくつろぐ時も、単に家の廊下を通過するだけの時でさえそのお部屋から放たれる柔らかな光に安堵する自分がいます。
    「節電」と「自分の充足感」。
    天秤にかけることではないとお叱りをうけるやもしれませんが、「人はパンのみにて生くるにあらず 」ということを感じています。

    この「灯り」の件で教わった最も大切なことは、家全体の緩急です。
    就寝時にそのお部屋の灯りを消すと家全体に休息の氣が充ちます。
    家にも休息時間と活動時間という緩急のメリハリがあるのですね。
    日中は留守がちな我が家です。
    主のいない昼間は人の気配がない分、夜に灯りを灯すことは家全体の息遣いに影響を及ぼすものだと思いました。
    このお部屋で帰りを待ってくれている糠床が一番敏感にそれを感じ取ってくれたことが嬉しい驚きでした。
    このお部屋と糠床と一緒に育つつもりで毎日を悔いなく生きます。

    この「灯り」の教えをきっかけにリビングやベッドルームや衣装部屋などそれぞれの場所の灯りについて、間接・直接照明の種類や色・大きさなども再考し、音や風の通り道や自然光の取り入れ方などもっと暮らしへの意識を高めたいと思います。
    ありがとうございました。

  2. マクロ美風 より:

    はいじさん、こんばんは。

    私は「必要な無駄」と「不必要な節約」があると思っています。
    前者は正確には無駄ではありませんが、価値観の違う人からみると無駄だとうつることでしょう。
    でも、見方を変えればそれは精神性の高さにつながると思うのです。
    例えば他より高いと分かっていても、あえてそこで買うことの意味を理解できるかどうかですね。

    また後者は目に見える出費は抑えたけれども、その金額以上の精神性を失ったときに感じるでしょう。
    数字にとらわれていて、大事なチャンスや人間関係を失う場合です。

    これらのどちらが良いかは価値観の問題ですが、こと家に関しては「氣を買う住まい方」が良いと思います。

  3. お花 より:

    美風さん

    こんにちわ。
    私もとてもタイムリーなお話を読ませて頂きました。
    ありがとうございます。

    会社では3割程の節電を強いられているようで、
    今月末から蛍光灯を消して、手元のライトが支給されます。
    既に、事務所は昼は照明・冷房を消されますので食堂に行かない限りは
    暑い中のランチタイムを過ごさなければなりません。

    そんな中、家でも節電モード・・と気分が滅入りながらも
    こまめに電気を消したりしていました。
    旦那はそんなこと気にせず家中電気をつけ、
    ケロッとしているのにも疑問を持っていたり。

    自分の氣を落としてまでの節電は、
    生活のメリハリも落としてしまうのですね。

    今、家探しをしておりますが窓の小さい家には全く目がいかず
    風の通り抜ける大きな窓の家(家は小さくとも)にという強い想いは
    今の生活からきているのだな、本能なんだと思いました。

    いつも、ありがとうございます

  4. マクロ美風 より:

    お花さん、こんにちは。

    皆さん生真面目に節電に取り組んでおられますね。
    これをご覧あそばせ。
    http://youtu.be/DvSWAVW8bSo

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