究極の物

「マクロ美風の家事アドバイス講座」の記事が続いて申し訳ないのですが、現実の生活でこの壁にぶつかっている人がとても多いので、この片付け関連の記事が続くことをお許しください。
私が片付けられない人への提案をしたところ、続々と片付け宣言をしてくれる仲間が登場しました。
そしてその方達の進捗状況が刻々とTwitterで報告されて来ます。
それを読んだ仲間がまた片付け宣言をするという形で、この企画はある意味Twitterが生みの親かも知れません。
生の正直な気持ちがTwitterには託しやすいのでしょう。
つまり、息づかいを感じる文章がTwitterにはあります。
いいですねぇ?。

*   *   *
さてさて、前置きが長くなりましたが、この片付け宣言をしてから、ドンドンと物を捨てている人が多いです。
面白いですね。
私は片付ける記事に関しては物を捨てよだなんてひと言も書いていないのですが、まずは物を捨てることから始める人がほとんどです。
ということは、いかに皆さんが不要な物と一緒に暮らしているかですね。
どの部屋にあるどの家具の何段目の引き出しのどこ(右・手前・左・奥など)に何があると言えますか?
このくらい整理出来ていると日常生活が気持ちいいですね。
ちなみに私が嫁いだ家の義母はこのタイプでした。
町でも有名な綺麗好きな人だったので、近所の人に言われました。
「ちょうどいいお嫁さんが来たね?」と。
そ、それはタイヘン。。。
でも、このような人でもなかなか決断できないのが想い出の品々です。
想い出との向き合い方が決断出来ていないのですね。
想い出はある程度のところで一線を引かないと、限りなく物は増えます。
たとえば子供を育てるうえで出て来る物は相当量になります。
私は想い出は胸の内にしまって、すべて形としては残っていません。
学校の卒業アルバムすらありません。
これはかなり思い切ったやり方ですが、究極まで持ち物を取捨選択すると不要な物になったのです。
究極って「死」ですね。
死ぬ時に私が持っていたい物って何だろうと考えたら、「物」ではなく「精神」だったのです。
それで身軽になりました。


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