きょうはお祭り

私の住む街では昨日今日の二日間がお祭りです。
本当は10月14・15日が本来のお祭り日だったのですが、山車の牽き手やお囃子の人達が少なくなったため、土日に変更されたのです。
関東三大祭りの一つであるため観光客も多く、土日に変更するにはかなりもめました。
お祭りの発祥理由から、一つ一つの決まり事の意味を年配の方々は主張しました。
しかし、平日にお祭りのためにお仕事を休める男性陣は多くなかったのです。
現実を優先した形となって土日に決まりました。
日本各地でお祭りの存続が難しい時代です。
働き方が変わり、感謝の気持ちが薄れ、心でお祭りをする時代ではなくなったのかも知れません。
               *    *    *    *
私が住んでいるマンションは、山車の通り道に面して建っています。
ですから、この二日間はお囃子の音色に包まれながら過ごします。
窓を開けてお掃除をしていると、遠くからお囃子の音が聞こえてきます。
「ソーレ、ソーレ」という声がだんだん近づいて来ます。
ふっと、息子が小さかった時のことを思い出しました。
当時は14・15日開催だったので、平日になることもありました。
その時には小学校の授業は、出席だけとって帰してくれます。
何でも、地域の行事にかかわることの大切さを学ぶためだとか。
ま、息子は嫌いなお勉強をしなくてすむので、大喜びでした。。。
町内会の男性や子供会のお母さん達と一緒に、一家総出でお祭りの二日間を過ごします。
夫も子供のためにお仕事を休んで、子供と一緒に山車を牽いてくれました。
私も子供会の役員の時には女神輿を担ぎましたよ?。
(思い出すと肩が痛くなる?)
半ば義務感で加わっていたとしても、そこには人と人の触れ合いがあって、それはそれで楽しいものでした。
今も地域の人達とつながりがあるのは、子供のお蔭だと思っています。
             *    *    *    *
そうそう、お祭りといえば屋台がつきものですよね。
息子が5歳のころ、綿あめを欲しがりました。
「あんな砂糖の化け物!」なんて思うのは私だけ。
子供は材料なんて関係ありません。
夫も「ちょっと食べてみたいかな」なんて言うではありませんか。
仕方なく、綿あめを買ってやりましたが、私の胸中は複雑です。
でも、「お祭りなんだから楽しく過ごすのが一番!」と思って割り切りました。
その息子は20歳になり、綿あめなんて見向きもしません。
彼なりに砂糖や牛乳がどんなものかを理解しているようです。
あまり神経質にならずに、さりげなくマクロビオティックを空気のように漂わせておくことが、子育て中には必要かなと思っています。
最近、一段と肩の力を抜いてマクロビオティックを伝えられるようになりました。
一緒に「むそう塾」を頑張ってくださる中川さんの影響だと思います。
はじめに理論ありきではなく、あくまで現実重視で考えたとき、私のするべきことが見えて来たからです。
お祭りの記事を書きながらマクロビオティックに話が進んでしまうなんて、私ってかなりのマクロビオティック中毒ですね。
反省。。。
東日本では「綿あめ」、西日本では「綿菓子」と呼ぶそうです。


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コメント

  1. fanta より:

    反省する美風さんが可愛い・・(^^)

  2. みっこ より:

    地域の御祭です♪
    >息子が5歳のころ、綿あめを欲しがりました。
    雲を食べるようなロマンスもあるのでしょうか。
    そういえばこの間あった秋祭で、小6になる娘が「綿菓子4個食べた。」と学校用の作文帳に自慢げに書いていて、母はあとから頬を押さえて叫んでおりました。
    母の目の届かぬところで暗躍している模様です。

  3. マクロ美風 より:

    いやはや、本当に反省です

    かわいい なんて 照れる~

  4. マクロ美風 より:

    >「綿菓子4個食べた。」

    アハハ。
    子供の作文って楽しいですよね~。
    家庭のこと、親の言葉、すべて鏡のように映し出されますもん。
    先生は読みながらニヤニヤでしょうか。。。

    >母の目の届かぬところで暗躍している模様です。

    そうそう、純粋培養は無理ですね。
    それもまた自然の流れだと思います。

  5. ナオ より:

    >あまり神経質にならずに、さりげなくマクロビオティックを空気のように漂わせておくことが、子育て中には必要かなと思っています。

    空気のように漂わせるって良いですね。
    理想です。

  6. マクロ美風 より:

    ナオさん、こんにちは。

    >空気のように漂わせるって良いですね。
    >理想です。

    はい、それが一番浸透するように思います。
    親がいくら力を入れて説いても、子供のアンテナは別なものをキャッチするように思います。

    空気のように存在感がなく、でも命にかかわるほど大切。
    それでいいのだと、最近つくづく思います。

  7. しろうさ より:

    子供のころ、父と弟が盆踊りに行って私に綿あめを買ってきてくれたのですが、
    袋をかぶせていなかったので、湿気で溶けて割り箸にまとわりつく水あめ状態を、
    お風呂場から顔を出して、泣きながら食べた思い出があります。

    入院している母のところに行って、
    おやつ(果物や、おいしいと評判のパンなど)を食べながら、
    昔ああいうお菓子がおいしかったね、
    お母さんの作るあの料理は好きだった、
    などという話をするのが楽しいです。
    意外と親のスキ・キライなんて知らなくて、
    母がじゃがいもが苦手、だなんて最近知りました。
    もちろん、親は子供のスキ・キライは把握しているんでしょ?
    と訊くと、
    当たり前でしょ、それに合わせてどうやったら食べるか、おかずを考えるのよ。
    と言われました。
    あらためて、感謝です。

  8. マクロ美風 より:

    しろうささん、こんばんは。
    お久しぶりです。

    >お風呂場から顔を出して、泣きながら食べた思い出があります。

    何とも可愛らしく、微笑ましい一コマですね。
    思わず光景を想像しちゃいました^^

    >母がじゃがいもが苦手、だなんて最近知りました。

    そうなのね~。
    しろうささんのお母様って一生懸命しろうささんを育ててくれたんだな~って、伝わって来ましたよ~。
    そういえば私の母も、自分ではあまり食べないものでも、子供達には作ってくれたものがありました。
    母親ってそんなものかも知れませんね。

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