東の「日本CI協会」、西の「正食協会」、ともに日本におけるマクロビオティックの2大普及団体です。
「日本CI協会」は、1945年に桜沢如一氏が創設したマクロビオティックの普及団体で、東京にあります。
一方「正食協会」は、それから10年後に、桜沢如一氏の意志を受けて、故・岡田周三氏が創設したマクロビオティックの普及団体で、大阪にあります。
どちらも月刊誌を発行していて、「日本CI協会」は「Macrobiotique(マクロビオティック)」、「正食協会」は「むすび」というタイトルです。
* * * *
私は東京の「リマ・クッキングスクール」で学んだので、月刊誌「Macrobiotique(マクロビオティック)」が毎月自宅に送られて来ていました。
しかし、「日本CI協会」の書籍売り場には、「正食協会」の「むすび」も並んでいるので、毎月買って読んでいました。
内容が「むすび」の方が充実していて、いい記事が多かったからです。
そして、それは、今も変わらないように思います。
* * * *
たとえば2007年10月1日発行(?577)の「むすび」。
インターネットからも目次をご覧になれるので、ちょっと覗いてみてください。
知っているお名前がズラズラ並んでいるでしょう。
そうそうたる方々が筆をとっておられますね。
中でも、巻頭言の「石澤文規」(いしざわ・ふみのり)氏。
札幌で「身土不二」というマクロビオティックのお店を経営されていますが、それはそれは、腰を抜かすほどの膨大な記事のコピーが店の壁を埋め尽くしています。
彼の活動や肩書きは、それだけでも長い記事になってしまいますが、いわゆる本来のマクロビオティックを啓蒙するための日々ということでしょうか。
その石澤氏が、ショッキングなタイトルの記事を巻頭言として書いています。
同様の文章を、以前彼のお店で読んだことがありますので、私はとりたてて驚きはしないのですが、初めて石澤氏の文章に接した人は、ビックリされるかも知れません。
その記事の一部分を抜粋します。
* * * *
引用はじめ
食養料理とは、玄米の心を、野菜の心を、そして農民の心を、調理してくださった方々の心を、有難くいただくものである。
タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、玄米ご飯一日一食あるいは二食で健康で過ごす。そして、この健康でもって「自由に生きること」が、食養の極意である。 引用おわり
* * * *
私がお伝えしたかったこと。
それは、マクロビオティックとは、病気治しやダイエットが目的なのではないと言うことです。
石澤氏の文章に大切なことが書かれています。
- - - この健康でもって「自由に生きること」が、食養の極意である。 - - -
よく噛みしめたい言葉ですね。
こんばんは めもるです☆
私はマクロビオティックとの最初の出会いは病気治しからでしたがマクロビオティックに出会えたことにより、身体(病気)・自分の心・人とのつながり(人間関係)…その他、日々の生活が少しずつ変化してきました
マクロビオティックは「自由に生きることが出来るんだ」と言う【希望】を感じました
その希望を自ら、【確信】へと繋げたい・繋げてみせる!と思っています(*´∇`*)
なんだか、至らない文章でごめんなさい
マクロビ知って1年くらい経ちます。
ネットでいろんな方のブログや情報を見ながらマクロビって何だろうと思っています。
『タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、
玄米ご飯一日一食あるいは二食で健康で過ごす。
そして、この健康でもって「自由に生きること」が、食養の極意である。』
時々見かける文章ですがなぜ自由に生きるのに
『タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、玄米ご飯一日一食あるいは二食』
なのですか?
解釈がおかしかったらごめんなさい!
めもるさん、こんばんは。
昔の多くの食養家は、病気治しから入りましたよね。
ですから、めもるさんが病気治しから入っても何の不思議もありません。
私だって、子供のアトピーを治してやりたい一心でマクロビオティックを始めたのですから。
ただ、病気が治ったらそれでオシマイなのではなく、その健康になった体を使って、「自由に生きようよ」というのが、桜沢先生の提唱したマクロビオティックだと思います。
jonyさん、こんばんは。
>なぜ自由に生きるのに
『タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、玄米ご飯一日一食あるいは二食』
なのですか?
のご質問にお答えしますね。
この文章は、とても奥が深いので、難解かもしれませんね。
言い方を変えるなら、毎日「タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、玄米ご飯一日一食あるいは二食」を続けたら、自由に生きられるでしょうか?
この文章は、そういうメニューを指しているのではなく、命を維持するために最低限の質素な食事を、感謝の気持ちでいただきましょうという事なのだと思います。
つまり、ここでは「質素」と「感謝」の大切さを伝えようとしているのだと解釈しています。
そして、大切なのは「自由」の意味ですが、それは好き勝手・自由奔放の自由ではなく、「言うは易く行うは難し」の自由です。
自由に生きるためには、色々な障害が立ちはだかるので、その苦難を乗り越えるために、健康が必要なのです。
つまり、マクロビオティックとは、自由に生きるための生活法ですから、健康はその手段であるわけです。
私が、「マクロビオティックとは、病気治しやダイエットが目的なのではない」という理由は、真の意味での「自由に生きること」(目的)が抜けているからです。
ご理解いただけましたでしょうか?
マクロ美風さん。こんばんは!
>タクアン二切れ、梅干一個、少量のおかずで、玄米ご飯一日一食あるいは二食で健康で過ごす。
そして、この健康でもって「自由に生きること」が、食養の極意である。
一見ストイックに見える文章ですが、実はとらわれない事が本当は楽しいことだと思っています。
マクロビの食べる部分だけにとらわれすぎて、そこから抜けられない人が多いような気がします。
食だけにとらわれなくなった時に本当に大切な事が見えてくる。
僕は料理する事もお米や野菜を自分で作る事も経験していますが、農的な部分も知る事によって、命に生かされているという事も体感できるような気がします。
土に触れる事から全て始っていると思います。
今の日本の農業は70%が60歳以上の高齢者です。
百姓を仕事とする人はこのままだと減っていくのは目に見えています。
そういった意味で、自分で食べるものは少しでも、自分たちで作っていかないと「身土不二」なんて言っていられない時代がくると思います。
そういった意味で「農と食を繋げる場作り」ができたらと思います。
美風さんが仰ってくださったように
>病気が治ったらそれでオシマイなのではなく、その健康になった体を使って、「自由に生きようよ」という気持ち、生きる気力を今、感じています
今までは出口の見えない毎日を送り、その日一日を
耐えながら生き、乗り越えるだけで精一杯だった私ですが、今は今日のこの日を精一杯生きて、そして、
明日も明後日も健康な体で生き、生きている事に感謝できる日々を送りたいと思っています
また、自分の考えや想いを上手く書けませんでした{/face_ase2/
あれは爽やかな風だった。今まで知らなかった風。
私の胸に長く暖かく記憶に留める美風さんの風。
こうして昨日、今日と今もなお、私に伝い届く風。
嬉しいなー。泣けるなー。
たけさんへ
「農的な部分も知る事によって、命に生かされているという事も体感できるような気がします。」
同感です。
食を育てたり、作り出す作業が大きく変化し、命の力を持たない食べ物が増えているかのようです。
現場で命ある食べ物を知る事、その良さを知り対価を払う事が、ないがしろにされたからでしょう。
大地、土壌の回復を望む暮らしをしたいと思います。
「言うは易く行うは難し」の自由・・・・
分からないです
自由に生きるってどう生きることなのかなぁ
たけさん、こんばんは。
1行1行、頷きながら、噛みしめながら読ませていただきました。
いつ拝見しても、たけさんの文章には深みがありますね。
実際に土と共に生きている人の文章だなぁと、つくづく思います。
>食だけにとらわれなくなった時に本当に大切な事が見えてくる。
>農的な部分も知る事によって、命に生かされているという事も体感できるような気がします。
特にこの部分は、多くの人が自分のものとして実感して欲しい内容だなぁと思いました。
ところで、今でも農業の現状からみると「身土不二」は不完全なのですから、これからのマクロビアンは、真っ先に農業のことを意識するべきだと思っています。
言葉で呪文のように「身土不二」を唱えるのではなく、「身土不二」が可能になるような行動をとることが必要だと思っています。
そういう意味でも、たけさんの活動は、本当に素晴らしいと尊敬しております。
めもるさん、こんばんは。
めもるさんは、ドンドン変化していますね~!
耐えるだけだった時から、自分で行動する段階にステージアップしましたね!
大きな大きなつらさがあったから、今度は大きな大きな喜びがあるはず。
めもるさんの笑顔は、多くの人の心を和ませてくださいましたよ~。
>生きている事に感謝できる日々
苦しみ抜いためもるさんがこの言葉を口にできて、本当に嬉しいです。
このお気持ちを、ぜひ、多くの人達と共有しましょうね。
「美風ゼミ」で再会出来るのを、楽しみにしております♪
marikoさん、こんばんは。
さすが、marikoさんならではの問題意識ですね~。
>嬉しいなー。泣けるなー。
marikoさん、何度読んでもここで涙がこぼれます。。。
このように表現していただいて、本当にありがたいです。
>食を育てたり、作り出す作業が大きく変化し、命の力を持たない食べ物が増えているかのようです。
>現場で命ある食べ物を知る事、その良さを知り対価を払う事が、ないがしろにされたからでしょう。
marikoさんは、お仕事を通じて現場をご覧になっていらっしゃるから、言葉に説得力がありますよね。
命ある食べ物に対価を払う姿勢を、早く行動に移し、消費の流れを変えないと、本当にまともなお百姓さんを守れません。
動きたいですね、marikoさん。
>大地、土壌の回復を望む暮らしをしたいと思います。
同感です!
jonyさん、こんばんは。
>「言うは易く行うは難し」
この意味は当然ご存知だと思いますが、これが「自由」と結びつくと、途端に?になってしまいますね。
でも、これはマクロビオティックのとても大切な部分なので、記事として取り上げさせていただきますね。
ぜひ、他の方々のお考えも参考になさってください。