「やってみせ」てくれた 燃えるはずの素材が燃えない料理法 

山本五十六の言葉で次のようなものがある。

やってみせ
言って聞かせてさせてみて
誉めてやらねば人は動かじ

 
 

はからずも私は先日、「やってみせ」の場面を体験した。
「『肴』 秋」講座で登場するお料理は、まさに中川さんがみんなに「やってみせ」てくれたのだった。

いつもの授業では、中川さんのお料理の世界の一部分しか出ていない。
しかし、この日のお料理を見ていると、「このためにあの技術があるのか!」という衝撃があった。

プロというのは本当に凄い技術を身につけているものだ。
その技術を身につけるまでの苦労を思うと、今まで高いと感じていたお店の料金も安く感じるほどだ。

 
 

たとえば「秋鱧吉野杉板焼」。
最後の仕上げのところは、豪快なやり方だ。

 
 

焼き上がってみると、燃える素材のはずの杉板も竹の皮も燃えていない。
中に入っている松茸の形の焦げていない部分が模様になって粋だ。

 
 

杉板の中には、ふわふわの鱧と松茸がどーんと入っている。
(松茸を表に見せていないところが、いかにも京都らしい控えめな方法。)
鱧のやわらかさやお味に歓声があがっていた。

中川さんによるとこれは古い仕事で、日本でもこれを知っている人は8人いるかいないか。
他に知っている人はもう亡くなってしまったと。
厳しい修業が嫌われて、お料理の世界のレベルがどんどん下がっていることを嘆いていた。

 
 

今、鱧の骨切りを頑張っている人なら、このお料理の凄さがより一層身にしみたに違いない。

包丁が砥げる。
桂剥きができる。
同じ厚さで切れる。
同じ幅で刻める。
水を操れる。
火を操れる。

全部授業で教えてきたことばかりだ。
それを実際に「やってみせ」てくれて、夢が持てただろうか?
あるいは気が遠くなっただろうか?

いや、そのどれでなくてもいい。
実際に食べた経験は、将来思わぬところであなたを助けてくれる。
点と点が結ばれるときが必ず来るからだ。
体験は尊い。

私もよい体験をさせていただいた。
そして、改めて中川さんを尊敬した。

 
 


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